福岡の飲み屋文化は、昭和の駄菓子屋さんに似て
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記事:小川直美(ライティングゼミ・4月コース)
私が小学生だった昭和60年代。小学校の正門前には文房具屋さんがあって、そこに併設された駄菓子さんがあった。伊藤文具店、駄菓子屋さんもひっくるめて「いとぶん」と呼ばれていた。
学校が終わる。走って家に帰る。家に着いてランドセルを置いたら、100円玉を握りしめて、またすぐに家を出る。
友達と合流して、駄菓子屋さんに向かう。
それが日課だった。
はじめて「いとぶん」に行ったときは、とても緊張した事を覚えている。
何度か行ったことがあるという友だちに連れて行ってもらったのだ。
小さな店内は薄暗く、小学生でいっぱい。名前を知っている子も知らない子もいる。店に入る子、買い物して出ていく子、ひっきりなしに入れ替わっている。
恐るおそる店に足を踏み入れる。息は止まっていたかもしれない。
色とりどりの駄菓子が、壁の高いところまで所せましと並んでいる。
食べたことあるもの。はじめてみるもの。
店主のおばちゃんと気軽な会話をしながら、くつろいだ様子で駄菓子を選んでいる4年生くらいの男の子がとても大人に見えた。
きっちり100円分のお菓子を選んだ。
会計の時、店主のおばちゃんは「はじめて来てくれたね。どこの子なの?」と聞いてくれた。もじもじしながら自己紹介する。友だちも横から説明を加えてくれる。
そうこうして、買い物を終えて店を後にする。
達成感とも充実感とも違うけど、自分の世界が少し広がったような気持ちがして、見慣れた道は、来た時とは違って見えた。
2回目には名前を呼ばれた。覚えていてくれたことが、こそばゆくも嬉しかった。
数回行くころには自分の好みも知ってくれて、気づけば自分もくつろいだ気持ちでおばちゃんと会話をしているのだった。
時は流れ、私は地元を離れ、東京で長らく暮らした。
その後、40を過ぎて、不思議な縁で福岡に移住することとなった。
福岡には、個人経営の小さな飲食店や飲み屋さんがたくさんある。
夕暮れを過ぎると、通りは縁日のように店の明かりできらきらしてくる。
繁華街特有のいやらしさや微かに不穏な感じはなく、ただわくわくときらきらが通りにあふれている、ように私には見える。
小さな飲食店はどこも個性があり、飲み好きの私の目と心を奪う。
「魚ならここかな、ここはおでんか、このおつまみおいしそう……」
入り口からのぞき込んだ店内、カウンターは常連さんたちでにぎわっていて、入るのには少し勇気がいった。
空いている時間を見計らって、はじめて入る。
店主の方は「はじめてですか?」と訊ね、お店の仕組みをざっくり教えてくれる。
2回目に行くと、どの店主も初回の来店を覚えていてくれて、向こうから声をかけてくれる。名前を聞かれ、お互いを名前で呼びあうようになる。
3回目、隣り合った常連さんと会話を交わすようになる。
そして回を重ねるごとに、好みを把握してくれたり、それに合わせて仕入れてくれたり、好きそうな味のつまみをすすめてくれたりする。
気が付けば、自分も常連さんの仲間入りをしているのだった。
この一連の流れが、とても自然で、なんかもう最高に心地よい感じなのだ。
東京の飲食店ではもう少し距離があった。
お店の人と、客人。そういう距離感。
個人のことに必要以上に立ち入ってはいけないという、暗黙の線引きと緊張感があり、私たちは匿名のまま向き合っていた。
それは東京の魅力の一つでもあった。
でも年を取ったからなのか、そこに少し寂しさを感じる自分もいた。
福岡はちがった。顔も名前もある、個人と個人で出会うのだ。
論理的に言えば、お酒が飲みたいなら、どこの店だっていい。
でもそうじゃない。あの場所で、いつもの人に会い、空気をまるごと味わいたい。
もっと言うと、飲みたいからだけじゃない。
一人で過ごした日の終わりに、なぜか足が向いてしまうのは、自分が居ていい場所だと感じるから。
会社とも家とも違う場所で、自分の存在が認識され、受け入れられているという感覚のなかで、話したり、話さなかったり、好きに過ごせることで心がくつろぐのだ。
この感覚は、あの駄菓子屋さんのそれだ。
福岡の飲み好きたちは、そんな場所をいくつも持っているようだ。
時に強い波風がたち、小さな自分がどこかに吹き飛ばされてしまうように感じる人生のなかで、それはなんと心強いことだろうと思う。
福岡の大人たちが、年齢に関係なく(そもそも年齢なんて聞かないし聞かれないのだけど)茶目っ気たっぷりで、どの街の大人より楽しそうに見えるはそんな居場所のおかげなのかもしれない。
令和は、コロナの時代になってしまった。
小学生は、給食を一人ひとりの席で前を向き、黙食で食べているという。
駄菓子屋の多くは、その前に町から姿を消してしまった。
彼らが大人になるころ、飲食店はどんなかたちをしているのだろう。
どんなかたちであっても、自分が居ていいと感じられたり、くつろげる場所であってほしいなと、思っている。
***
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