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捨てられない自転車と、自転車屋の父。


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記事:松下広美(ライティングNEO)
 
 
捨てられない自転車がある。
 
私と一体になれるくらい乗りやすくて、ぼろぼろになっても、修理しても乗り続けたい自転車だから!
……と、いうわけではない。
 
クロスバイクというものに憧れて、私のもとにやってきた自転車。
見た目はブルーで、ちょっとかっこいい。
だけど、すごく乗りづらい。おまけに重い。
乗りづらいだけならいいのだけど、自転車から降りるたびに転びそうになる。
実際、何度か転んだ。
最寄りの駅から自宅までの道のりを走っているときに転ぶ。
買い物に行って、自宅前で止まるときに転び、かごに入れていたものが全て散らばるということも、一度や二度ではない。
自転車に乗るたびに、アザができる。
ちょっとかっこいい自転車に乗ってるくせに、転ぶ大人。かっこ悪すぎる。
自転車に乗るたびに「今回は転ばないように乗る」というのが目標になり、いつのまにか乗らなくなった。
 
乗らない自転車なんか、ただ邪魔なだけの鉄のかたまりなのだ。
数十万する自転車だったら、惜しくもなるが、そういうわけでもない。
だから、手放しても惜しくはない。
 
でも……。
 
うちは、バイク屋であり、自転車屋でもあった。
父が店を継いだときは、自転車屋だったがバイク屋にしたらしい。
私が生まれたときは、既にバイク屋だった。
 
ずっと自転車やバイク(原付)は「買ってもらう」という感覚はなく、父から「与えられるもの」だった。
農家の人が、野菜は買ってくるのではなく畑から採ってくるもの、という感覚だろうか。
だから、自分の所有物であるようで、そうではなかった。
 
例えば、中学から高校にかけて乗っていた自転車があった。
大学生になってから、ある日、乗ろうとしたら自転車がなかった。
「ない! 自転車がない!」
店先の死角に停めてあるから、もしかして盗まれたんじゃないかと、叫ぶ。
「お父さん! 自転車がない!」
「売ったよ」
「え?」
「欲しいって言われたから、売った」
は? 売った?
「私の自転車だよね? 売ったってどういうこと?」
「乗ってなかったがや」
確かに、乗ってなかった。
大学生になってからは、交通費代わりにと父に渡された原付に乗っていた。
だからほとんど自転車には乗らなくなってた。
いや、乗らなくなってたけどっ!
 
知らない間に、売られていたのだ。
その後、大ゲンカになったけど、自転車は戻ってこなかった。
 
自転車だけではなく、原付でも同じようなことがあった。
 
「これ乗るか?」
そう言われて、乗らされた原付。
まだ免許を取りたてだったので、ビクビクしながら乗ったけど、今までより自由になった感覚があった。
やった! 免許を取ったから、この原付くれるんだ。
そう思って、1週間くらい経ったとき、乗ろうと思って店を見渡すけれど、あのときに乗った原付がない。
「この前の原付は?」
「売った」
え? 売った? 私にくれるんじゃなくて?
父はただ、私をテスト走行に使っただけだったのだ。自分で乗るのが面倒だったから……。
 
結局、ずっと、自転車や原付は私のものではなく、父のものだったのだ。
父のものを、貸し出しされていたのだ。
 
社会人になってからは、自転車に乗りたければ、店にある自転車で動くものを乗っていたし、車に乗るようになっていたから、あまり困ることはなかった。
 
困ることがなかった分、父との会話は年々減っていた。
それは、私が経済的に自立をしてきて、それとは逆に積極的に働こうとせず、お酒ばかり飲んでいる父のことが本当に嫌だったからだ。口を開けば、大学まで出してやった、だからうちにお金がないと罵られた。
不景気なのはわかる。小さな町のバイク屋に、お金があるわけはない。そんな中で大学まで出してもらったことは感謝をしている。でも、奨学金もらっていたし、教科書代なんかはバイト代でなんとかしていたし、できる限り負担にならないようにした。弟たちだって一緒なはずなのに、なんで私だけ言われなきゃならないの?
誰にも止められないような、ケンカを何度もした。罵られ、泣きながら言い返し、何度も家を出ようと思った。
ケンカのたびに、父と私の中は修復不可能な状態になっていた。
 
30歳を過ぎた頃、ふと自転車が欲しくなった。
店においてあったカタログを見て「これいいね」と、母と話をしていた。
それから1週間くらい経ったとき、カタログで「いいね」と言った自転車が、店にあった。
「どうしたの、これ?」
「いいって言っとったがや」
ぶっきらぼうに言い、父は黙々と自転車を組み立てていた。
 
その自転車が、この捨てられない自転車なのだ。
生まれてはじめて、私が欲しいと言った自転車が、この自転車なのだ。
 
それから何年もしないうちに、父は急に亡くなった。
父との関係は、自転車の一件があったから修復したわけでもなく、更にひどい状態になっていた。酔っているか黙っているかのどっちかで、わたしだけではなく家族中と、まともに会話が成り立たないくらいの状況になっていた。
 
それでも、人は死ぬと美化される。
生きていた当時は、家族みんなに嫌われていたのに、死んだ途端いい話しか出てこない。
 
口を開けば「お前を大学にやったから、うちに金がない」と言っていた父なのだが、外では私が〇〇大学に行ったと自慢していたと、お通夜の席で聞いた。
それに、父の友人、店のお客さん、近所の人、誰からも父の悪い話を聞かない。
 
どうしようもない父だったし、いろいろ罵られたことを許すつもりもない。
けれど、自転車を見て思い出す父は、私が好きだった父なのだ。
 
この、乗りづらくって、どうしようもない自転車は、父そのもののような気がする。
 
だから、この自転車は、捨てられない。
 
 
 
 
***
 
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