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壁の穴と娘の絵は正直さの勲章


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:近本由美子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「結婚の決め手って何だったですか?」
そんなことをある時期、親しくなったお店のお客さんから度々聞かれることがあった。
20代後半から40歳くらいの独身女性たち。
親世代が言う適齢期という言葉に怪訝な態度を示しつつも、本当は結婚に関心がないわけでもなさそうだった。別にどっちでもいいけどという感じだった。
少し顔見知りで親世代より若かったわたしの意見を興味もあって聞いてみたいと思ったのかもしれない。
 
そう言われて、当時15年くらい前の結婚したころの自分を思い出しながら話しをすることがあった。
 
わたしは大学を卒業して10年間ほど働いたが仕事一筋のタイプだった。
だからそんな自分が結婚をするとはちっとも思っていなかった。あることが起こるまでは。
 
それはたった1年の間に2度ほど死にかけた経験が関係している。一つは自動車事故。もう一つは自然災害に遭遇したこと。どちらも予想不可能の突発的なものだった。
 
人は死ぬと思ったときに、あきらかに自分にとって大切なものや心残りに思いを馳せるものだということを経験した。
死ぬかもしれない瞬間にわたしの思いが巡ったのは、なんと「結婚しなかったなぁ」と「家庭を持ってみたかった」だった。
自分でもびっくりした。毎日の時間のほとんどを仕事に費やすワーカーホリックだった20代。自分からそんな思いが湧いてくるとは思いもよらないことだった。
でも、それはタマシイの奥にあるわたしの本当の思いに気づいた出来事だった。
 
恋愛体質ではないわたしは、トキメキが薄い。
なぜ薄いのか? は不安定な感情を嫌うからだと思う。そうコントロール不能な感情。
だから残念ながら恋に落ちるというタイプではなかった。
それに、封印しているかもしれない本当の自分の感情を赤の他人にさらけ出す勇気がなかった。
でも死と隣り合わせの経験はわたしのそれを超えさせた。
そして、そのタイミングである男性と出会った。
それも「結婚を前提にお付き合いしませんか?」と言われたのである。
それが畳職人の今の夫である。
決め手は? と聞かれたら「正直でウソをつけなそうな人だったから」
それと「タイミング」なのだと思う。
他にもいろいろ理由はあるけれども、唯一結婚で何を求めるか? と聞かれたらわたしの場合それだったのだ。
わたしの「安心感」は「正直さ」があってのものだと思っていたから。
本音と建て前を言う家で育った影響のせいか、それが大人になり切れていない自分をいつも不安にさせる源泉になっていたと思う。
 
地味だけど誠実そうな夫に好感をもてたが、両親は育った環境が違いすぎると反対された。それでもわたしは「正直さ」を求める自分の直感にかけたのだった。
 
結婚の決め手なんていうのは、その時の幻想かもしれない。またそう思えるから人は結婚できるのかもしれない。
 
結婚してからは育った環境の違いからくるぶつかり合いが頻発した。
サラリーマンの家と家業の家。本家と分家。田舎と街。などなど。本人同士の相性以外にも要素が色んな現実に影響を与えているものだ。
「正直さ」だけでは解決できないことがたくさんあるのは当たり前である。
やっぱりあれは幻想だったのか? と思ったりした。
 
結婚前に高校の教員をしていたわたしは、封建的な義父との確執が生まれていた。そのうち自分は自分で稼いでみせるわと別の仕事をやりだした。本当にそうしたいのかと言えば、女の意地みたいなものだったのかもしれない。無理して仕事をしていたため心に余裕はなく、次第に義父の不満が夫への不満と重なっていった時がある。
 
そのころ、鮮明に覚えている出来事がある。それは娘が小学校1年生の頃だった。
ちょうどその頃、娘は英会話スクールに通っていた。
スピーチコンテストの練習をいつもみてくれていたのは夫だった。
夫は子煩悩で娘と仲良し。当然娘のことは何でもしてくれると思っていた。
 
そんな夫がスピーチコンテストの練習会に娘を連れていくのを忘れてしまっていた。
その時わたしは「え? なんで忘れたの? ちゃんと頼んだよね!」と投げるように言ったのだと思う。
夫がそうしてくれて当たり前とどこかで思っていたし、その頃の自分の仕事のしんどさが重なって無神経な態度をとってしまったのだ。
それを言い放った数分後、二階で「ゴッン!」という鈍い音がした。
二階に駆け上がると廊下の壁に丸いこぶしの大きさの穴がぽっかり空いていた。
夫の不満のリアクションが壁の穴となった。
「あ~、やっちゃった」とココロの中で思った。その穴は二人のかみ合わない心の穴のようにも見えて悲しい気持ちになった。
 
翌朝、その穴を見つけた娘が「ママ、なんかね、壁に穴が空いてるよ? あたしが描いた絵をそこに張ってもいい?」
娘は学校で賞を取った運動会の玉入れの絵を穴が隠れるようにはって見えないようにした。
その絵はなんとも、ユーモラスでかわいい。
夫もそれを見て笑った。その瞬間、少しだけ心の穴がうまった気がした。
 
それから15年。その後わたしは、あらためて家業のサポートをするようになった。
そうして今でも戒めと愛着を込めてあの絵は壁の穴をふさいでくれている。
カベの穴とムスメの絵と正直さは家族の勲章のような気がしている。
「正直さ」は時に人を傷つけることもあるけれど、それを超えてしか得られないものもあると今のわたしは思っている。
 
そうしてわたしに「結婚の決め手」を聞いてきたあの女性たちは気づけば、いろいろありながら暮らしているよというわたしの話に何を感じたのか数年後みんな結婚していったのだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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