わが家の危機を救ったTRPGとは?
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:北見 綾乃(ライティング・ゼミ2月コース)
数年前、わが家は家庭崩壊の危機を迎えていた。
恐らくそのずっと前から、少しずつ歪みが大きくなっていたのだと思う。しかし、直接的なきっかけは当時高校生だった長男が、抑うつ状態に陥ったことだった。次第に学校へ行くことができなくなり、“引きこもり”といっていい状況になった。もともと口数が少ないタイプだったが、それからはさらに言葉を発することが減った。一日ぼーっとテレビやYouTubeを眺めてうつらうつら過ごす毎日。
夫はその状況を悲観し、また必要以上に強い自責の念に駆られ少しばかり精神状態が不安定となった。長男と夫は一言も口を交わさず、次男や私を介して最低限のやりとりをするような状態だった。
家族ってなんだろう。
一緒にいて安らぐ、安心できる、そんな家庭を描いていたのに……。
長男が通っていた病院の医師からはこう言われていた。
「息子さんは、これまで頑張りすぎてエネルギーを空っぽにしてしまった状態なのです。ゆっくり休んで今はエネルギーを貯める時期。とにかく好きなことをしてのんびり過ごすように」
また、こうも言われた。
「今はやりたいことが分からないかもしれませんが、花のつぼみが少しずつ開くように、ある日必ず、花開くときが来ますから」
何年かかるか分からないが、とにかく信じて待つしかないということだ。
しかし、先が見えない、保証など何もない中で、何一つしてあげられない無力さを抱えながら、ただ信じて待つというのは簡単なようでいて、難しいものだ。半年、一年……と日が経つにつれ、このままただ待っていていいのか? 背中を押さなかったことを後悔するんじゃないのか? という迷いも頭をもたげてくる。
いや、まずは信じよう。なんでもいい。本人が何かに興味を持ち、それをやりたいと思える……そういう兆しが見えることがあったら、とにかくそれを大事にすればいい。そこからスタートだ。
するとある時、彼は好んであるシリーズのYouTube動画を見ていることに気付いた。それは“TRPG”のプレイ動画だった。
TRPGというのは「テーブルトーク・ロールプレイングゲーム」の略で、まずは「会話で進めるごっこ遊び」といったものをイメージしていただければよいと思う。ゲームなので目的やルールもあるが、その動画の中では即興劇を楽しむような要素が強かった。
私自身、中学生の時、このTRPGについて知る機会があった。当時有名だったゲームシステムは「ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)」と言ったか。恐らくこれはごっこ遊びというよりは探索と戦闘がメインのゲームだと思うが、その中で使うカラフルで透明な多種類のダイス(サイコロ)に憧れた。
当時、本物のルールブックやダイスのセットを買うお金がなかったので、聞きかじった内容を元に、自作ルールのなんちゃってTRPGを友達に付き合ってもらった思い出がある。6角えんぴつをサイコロ代わりにしてゲーム性を出していた。もちろん所詮中学生が思いつきで作った、かなりしょぼい内容だったのだが。
いつの日か本格的なTRPGをやってみたい……そんな漠然とした思いがあったが、目の前で息子がそれを興味深そうに見ている。
「私、TRPG、前からやってみたかったんだよね」
私が話しかけると彼はいつになく目を輝かせていった。
「え、俺も」
それから早速二人で何を準備すればいいかなどをネットで調べた。ルールブックは思ったより高かったがすぐ購入した。“クトゥルフ神話TRPG”というゲームシステムのものだった。昔、中学生だった私が憧れたダイスセットも2つ購入した。
長男と二人でもできないことはないが、人数はもう少し多い方が楽しめる。次男や夫にも参加してもらうことにした。二人ともTRPGについてはすでに何となく知っていて、意外と乗り気だった。
他のゲームシステムでもおおよそ似たような流れだが、クトゥルフ神話TRPGをプレイするにはまず「キーパー」という進行役がシナリオを用意する必要がある。初回は私がキーパーを行うことにした。シナリオはネットに公開されているものが多数あり、はじめはその中から一つ、比較的短時間でできそうなものを選んだ。
他のメンバーは「プレイヤー」である。キーパーが用意したシナリオの中で役になりきって即興劇を演じる役者である。プレイヤーたちはまず自分の演じたいキャラクターを自由に創造する。自分に近いキャラクターの方が演じやすいかもしれないが、全く違うキャラクターになりきって遊ぶのもまた楽しい。職業や特技、どんな価値観を持つかなどを決め、キャラクターにどんどん色付けをしていく。また、ゲームの中でとった行動が成功するか失敗するかの判定に使うパラメータなども、ルールに従いダイスを振って決めていく。
最初にプレイしたシナリオは確か「ある朝目覚めたら各プレイヤーの一部がサイボーグになっていた」というシーンから始まった。その後、その機械部分は爆発の危険があるということが判明。真相を究明しつつ、最悪の事態を食い止める……という目的のストーリーだったかと思う。慣れない進行役の不手際で多少グダグダしたものの、最後には見事ゲームクリア(目標達成)し、久しぶりに家族全員で盛り上がった。
普段はか細い声でポツポツとしか話さない長男も、プレイ中はハキハキと明瞭な話し方で自分の創った“精神科研修医”のキャラクターを熱演し、「彼にもこんな声が出せるんだ!」とうれしい驚きだった。
「今度は俺がシナリオを作ってキーパーをやる!」と息子二人が張り切っているのを眺めながら、昔の団らんが一時でも戻った喜びをかみしめていた。
なにより、家族内で共通の話題ができたことが大きかった。夫と長男も直接話ができるようになっていった。
その後、長男は自ら本気で取り組みたいことを見つけることができ、今では絵を描くことを起点に色々なことを学んでいる。「必ず花開く」の医師の言葉は決して嘘ではなかった。
これからも就職活動や仕事をしていく中で、様々な形で壁に出くわすかもしれない。でも、きっと自力で乗り越えていける、そう私は信じて見守っている。
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