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背が伸びる薬

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:飛鳥(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
私の身長は167センチだ。成人後のここ数年でもなぜか1センチほど身長が伸びた。女性の平均身長は158センチほどということなので、女性にしては高いということになる。
 
正直なところ、背が多少高くても特段便利だとは思わない。
メリットと言えば、身長の割に実は足が短いというスタイルの悪さをごまかせることと、比較的高いところにも手が届くのでわざわざ脚立を広げる回数が少なくて済むことくらいだ。
 
デメリットもある。もし身長が低ければ人と話すときに相手を見上げる格好になるので、目が開き大きく見える。身長の低さと相まって可愛らしく見えるのだ。身長の高い私は人を見上げる回数がそもそも少ないので、元々小さい目は見開かれる機会がないままだ。
付き合う男性の身長も特に気にならないので、自分より背の低い男性と出かけることもある。そのような日はヒールのある靴を履いても良いものか迷ってしまう。
 
そんなわけで私としてはデメリットを感じることも多いわけだが、周りの友人には背の高さを羨ましがられることも多々ある。果たして身長が高いほうが良いのだろうか。
そんなとき蘇ってくるのは、「身長が高いほうがいいに決まっているじゃない」という母の声なのだ。あの甘い薬の苦い記憶とともに。
 
幼稚園の年少のとき、私はクラスで一番身長が低かった。背の順に並んで「前へ倣え」をするとき、先頭で腰に手を当てる私を見た母は危機感を覚えたらしい。
 
昔から母はとある背の高い女優が好きで「身長が高いほうがスラっとしていて格好いい」という価値観を持っていた。父の身長は168センチ。決して低いわけではないが、164センチの母からすると物足りなく感じていたようだ。
しかも私は父親似で体型も父譲り。もし父の遺伝子が強く働いていて、私の身長が伸びなかったら……。それは母にとって恐怖だったらしい。
 
それでも小学校に上がると身長は少し伸び、低学年の頃の私の身長は平均より少し低いくらいだった。クラスで一番背の低かった幼稚園の頃と比べれば「背が低い」という印象を持たれることはかなり少なくなっていた。
 
だが、母はそれでも満足しなかったらしい。そしてついに私にその「薬」を与え始めた。
 
それは我が家では「背の伸びる薬」と呼ばれていた。海外の商品なのだろう、パッケージは英語で書かれており、得体の知れない、如何にも怪しい商品である。(カルシウムの多く含まれたサプリメントだと後になって知った。)
 
これがとても不味かった。
 
小銭ほどのサイズのラムネ状の薬が詰め込まれた小瓶が出てくるのは朝食時と決まっていた。これを1回に3粒飲まなくてはならない。
 
海外の商品にありがちな、日本人の味覚に馴染みのない異質な甘さ。オレンジとグレープ味の2種類があったが、フルーツの味は微塵も感じられず、僅かに感じられる酸味は甘さに隠れてしまっている。固いラムネのような食感で、嚙み砕くと異様な甘さが粉々の破片にまとわりついて口の中に広がった。
 
一刻も早く飲み込みたかったが、硬い破片は何回か嚙み砕かないと飲み込めるサイズにならない。噛む度に口内に広がる甘さで胃が逆流する予感に、血の気が引いた。やっと小さくなった破片を、コップ一杯の水を全て使って何とか飲み込んだ。
 
それ以降、その「背が伸びる薬」が食卓に出てくる朝食時が憂鬱になった。毎朝目が覚めるたびに、今日はどのような手を使って薬を回避しようかと思案する日々が始まった。
 
母が忙しくて私から目を離していれば、薬の小瓶をスルーすればいいので一番良い。だが、そうでない日は瓶を開けて手に薬を取り出したふりをし、それを飲むかのような動きをしてごまかす。もはやその薬の瓶を開けたときの甘い匂いだけで吐き気がするほどの拒否反応だったが、息を止めて我慢した。
 
小さな瓶1本に入っている薬の量は2カ月分ほどだったと思う。なかなか中身が減らない薬の瓶を見て、やがて母は私が薬を飲んでいないことに気付いた。
問い詰められ、「不味いから飲みたくない」と白状すると、母は試しに薬を1つ取り出して自ら飲んだ。その結論は「そこまで不味くないじゃない」というもので、薬を飲みたくないという私の訴えは却下された。
 
その日以降、「背の伸びる薬」は母が瓶から取り出し、私の朝食が乗った皿に置かれるようになった。私が薬を瓶に戻さず、毎日飲むようにするためだ。
 
これで私はもう逃げ場がない。どうしようか。それでも絶対に薬は飲みたくない。
食卓の上を見回すと、朝食で使ったティッシュのゴミがある。もうこれを使うしかない。
 
母の目を離した一瞬の隙に、こっそりとティッシュに薬を包んだ。勿論、薬を飲むふりも忘れない。薬は私の体内に入ることなく、ティッシュに包まれたままゴミ箱の底に沈んだ。ごめんなさい。そう心の中で呟きながら薬が沈んでいくのを見送った。
 
薬を飲んだふりをする日々は4年ほど続いた。薬は毎年新商品が発売されるようでマイナーチェンジが繰り返されたが、味を改良する企業努力がされているとは思えないほど、どれも決まって不味かった。
 
その期間のほぼ毎日、私は薬を捨て続けた。時々母が一時も目を離さず私を監視している日があり、そんな時は胃の逆流をこらえながら薬を飲むしかなかった。母は私が薬を飲んでいないことに気付いていたのだろうか。
けれども、その4年ほどの期間で結局10回ほどしか私は薬を飲まなかったので、やはり母は私が薬を飲んでいないことに気付いていなかったのだろう。
 
中学生になる頃から私の身長は急激に伸びはじめ、高校生時代にはクラスの女子の中で高いほうから5番以内の身長になっていた。今の私の身長は167センチ。ここまで身長が伸びたのは薬を数回は飲んだためか、あるいは毎日きちんと薬を飲んでいればもっと背が伸びたのか。
 
「背の伸びる薬」のおかげであなたはここまで背が伸びたのよ、と今でも満足気に語る母を見るたび、申し訳ない気持ちになる。それと同時に、そこまでして娘の身長に固執する母の姿を見ると、ここまで身長が伸びたのはやはり良かったのかもしれない、と思うのだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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