ヘタレ男と極限の愛
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山本亜矢(ライティング・ゼミ4月コース)
「飲んでいいよ」
生きるか死ぬか、そんな極限状態の中で、私は夫に最後の水を差し出した。夫はそれを、サクッと飲み干した。
炎天下のロッキー山脈、そこはアメリカモンタナ州にあるグレイシャー国立公園、私と夫は、夏休みの真最中であった。3,000メートル級の美しい山々を眺めながら、夏でも氷河を見ることができるハイキングトレイルに参加していた。
旅にはトラブルがつきものとはよく言うが、もれなく私たちにもそれは起こった。前日の移動の際、レンタカーがパンクしてしまったのだ。奇跡的に見つけた車屋で修理はしてもらったものの、現地への到着が大幅に遅くなってしまった。レストランは全て閉まっており、食べるものがない。しょうがなくお昼に食べたハンバーガーの残りを二人で頬張り、眠りに着いた。ところが、朝から腹痛でトイレの取合い。ハンバーガーにあたってしまったのだ。さらには、この旅のメインイベントでもある氷河をみるトレイルコースが、熊出没の為に入山禁止となっていた。
それでも諦めきれなかった私たちは、反対側から登る上級レベルのハイキングに変更すれば、見たかった氷河をみることができるという情報を得る。
「しんどかったら途中で引き返してくればいいやん!」
そんな夫の気軽な提案に乗ってしまった。その後、生死をさまよう様なあの出来事が起こるとは、その時の私は知る由もなかった。
急遽出発することになったトレイル。体調の悪い私たちは、3リットルの水を抱えて入山する。11時半と出発は遅かったが、途中で引き返して来るしいいか、そんな軽い気持ちでスタートした。入山直後から山肌を進む長い下り、そこを下りきった時には、あぁもう引き返す選択はなくなったな、私の心の中で大きな決心に変わった。
何が何でも、山頂から氷河を見て、山の向こう側から出ているバスに乗らなくては。そう心に決めて、難所の急な登りも一歩一歩踏みしめていく。時々、夫が手を引いてくれる。そんな時は、いやでも夫が男であることを感じる瞬間だ。お互い体力はないが、こんな時の夫の優しさは心に響く。途中で何度もくじけそうになるが、美しい高山植物や、マウンテンゴートというハイジに出て来そうな野生のヤギにも励まされ、気がつくと足元に残雪がちらほら見えて来た。きっと氷河は近いはず! そんな期待が私を奮い立たせた。
そもそも、私は氷河がなんなのかもよく分かっていなかった。そこにどんな景色が広がっているのかも。ガイドブックにも写真は載っていなかった。だからこそ、この目で確かめてみたかった。
とはいえ、日々インドアな夫婦。長距離の運転ですらこまめにキッチリ2時間毎に交代する。そんな二人が上級トレイルなんて、そもそも無謀であったのだ。だが、来てしまったものはどうしようもない。お互い声を掛け合い励ましあって、時には笑いに変えて、通称50歩コース(50歩しか進めないので二人でそう呼んでいた)を、重たい足を引きずりながら、1歩ずつ前に出し、山の裏側に広がる景色を見るために、とうとう山頂まで歩ききった。高所恐怖症の夫は断念した為、私は岩肌を這う様に裏側にまわり、つい氷河というものを目にした!!
「え? これだけ?」
これが私の正直な感想であった。
こんなに死ぬ様な思いをして見ている景色は、なんというか普通の残雪が残る水たまりの様であった。
私達は山頂の強風の中、あまりの疲れに何かを食べる気力さえなくなっていた。
「オレ、カリカリ梅だけでいいわ」
山頂で食べる日本の味は格別なのだろう。夫はカリカリ梅を頬張りながら帰路につく。時計を見ると夕方の6時。夏とはいえ、バス停まで10キロの道のり。しかも最後のバスに間に合わなければ、熊出没の危険中、軽装備の二人で野宿だ。
そう思うと、下りは勝手に足が前に出る。先ほどの進まなかった足が嘘の様だ。絡まらんばかりの勢いで、熊鈴をジャンジャン鳴らしながら、孔雀の様なヘンテコな鳥が羽を広げて威嚇してきても、気にも留めず、目もくれず、目指すは帰りのバス停のみ。
どれだけ歩いても、奥深く広がる谷底。本当にこの道であっているのだろうか?不安が押し寄せて来る。ふと気づくと夫の様子がおかしい
「大丈夫?」
「うん、喉がカラカラで」
「水飲んだら?」
「もうこれだけしか」
最後の50ml足らずの水。
「飲んでいいよ」
「いや、君が……」
「いいってばぁ」
極限状態での夫婦愛……。
と、思いきや、夫はサクッと飲み干した。
それからも、永遠に続く長い坂道、喉がカラカラ、脱水でフラフラ、意識も朦朧としている。
生きるために歩くしかない。
極限状態では何も考えられない。
もし、バスが行ってしまっていたらとか、
道を間違っていたらとか、
途中で鹿に遭遇しても気にも留めない。
そして全てが極限に達した時、遠くに車のライトが見えた。
「車だぁ!!」
涙ながらに抱き合う二人。
やったぁ、私達、生きて帰れた。
***
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