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引越しなのに「出て行け」


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記事:深谷百合子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
中国で働いていた時のことだ。会社が用意した部屋が完成したというので、引越しをすることになった。
 
「引越しすることになったんでしょう? いつなの?」
仲良くしている中国人の女の子が聞いてきた。
 
「来週の日曜日だよ」
「じゃあ、リーリーちゃんと私、手伝いに行くね」
「いいの?」
「もちろん! 中国では引越しの時に友達と一緒に移動してお祝いするといいんだよ」
「そうなんだ。ありがとう。じゃあ11時頃に来てね」
 
本当は、休みの日にわざわざ家に来て手伝ってもらうなんて、何だか申し訳ないと私は思っていた。けれども、郷に入れば郷に従えだ。それに中国人の彼女たちにとって、「友人とは助け合うもの」だ。気を使って遠慮するのは、かえって水くさいということになってしまう。だから、私は彼女たちの気持ちをありがたく頂き、甘えることにした。
 
引越し当日、荷物が片付いてがらんとした部屋で、私はひとり、引越し業者が来るのを待っていた。今の部屋は日当たりは悪いし、水回りの使い勝手もよくなくて、正直、あまり住み心地のよい部屋ではなかった。トイレとシャワーは同じ空間にあり、境界がなくて地続きだから、シャワーを浴びるたびに床全体が水浸しになる。だから、シャワーを浴びた後に必ず床掃除をしなければならなかった。台所だって、ベランダを挟んだ外に配置されていて、冬は寒い。結果、ほとんど台所で料理をすることはなかった。だから、換気扇はピカピカなままである。事前に部屋のチェックに来た不動産屋は、「きれいにしてくれていますね」と言ってくれたが、きれいにしたのではなく、使わなかっただけなのだ。それでも1年以上も住んでいたから、離れるとなるとちょっぴり寂しい気持ちもある。でも、今よりもずっと快適な部屋に引っ越せる期待の方が大きかった。「もうすぐここともおさらばだ」と思っていると、約束の時間より少し早く、手伝いにくると言っていた中国人の女の子2人がやって来た。
 
「これタバコ。荷物を運ぶトラックが入るとき、マンションの守衛ともめることがあるから、そういう時に使えるよ」
「あとね、箒は自分で持っていった方がいいよ」
と口々にアドバイスをしてくれる。さすが、中国人の友人は頼りになる。しばらくすると、引越し業者がやってきた。荷物を運び出して、いよいよ新しい部屋に出発である。
 
私たちは箒を持って、タクシーで新しい部屋に向かった。新しい部屋は車で20分位の所だ。
 
引越し先の新しい部屋は、掃除がしてあるといっても、ほんのひと通りの掃除といった感じで、床は砂埃で汚れている。日本で部屋を借りた時のような、「入居前に掃除がすっかり済んでいる」ということはないのだ。
 
「これから掃除が大変だな」と思っていると、中国人の女の子たちは早速持ってきた箒で、床にたまった砂埃を掃き始めた。玄関の扉の近くに、小さな砂埃の山ができた。すると、彼女たちは私に箒を渡すと、こう言った。
 
「出去(出て行け)って言いながら、ほこりを玄関から掃き出すんだよ」
「へぇ、そういう習わしなの?」
「うん。そうすると良くないものは部屋から出て行くんだよ」
 
そう教えられて、私は「出去(出て行け)、出去(出て行け)」と言いながら砂埃を玄関の外へと掃き出した。
 
掃除をし終えると、彼女たちは
「私たち、お昼ご飯を買ってくるね」
と部屋を出て行った。
 
その間に引越し業者が到着した。荷物の受け取りをして、一段落していると彼女たちが帰ってきた。手にはケーキを持っている。
 
「中国では、引越しの際に、gaoっていう音が含まれる物を食べると縁起がいいんだよ。だからお餅(中国語の発音でnian gao)とかケーキ(中国語の発音でdan gao)とかを食べるの」
 
「gao」というのは、「高い」という意味の中国語「高」の発音と同じなのだ。だからgaoという音を含むものは、「昇進」とか「向上する」という願いを込めて、縁起のいいものとされている。
 
「私たちは女子だから、お餅よりやっぱりケーキだよね」
と言って箱を開けると、「引越しのお祝い」という意味の文字も入れてくれてある。彼女たちの心遣いがありがたい。
 
「日本では、引越しの時は何かするの?」
「日本では引越しの時に、そばを配る風習があるよ」
「どうしてそばなの?」
「日本語でそばって言うと、近くって言う意味があるんだよ。だから隣近所の人に、近くに来ましたっていう意味で配るの。あと、そばは長いでしょう? だから長くお付き合いできるようにっていう意味があるんだよ」
 
私はそう言いながら、「同じ音に引っかけて食べ物を選ぶところが中国も日本も同じなのは面白いな。国は違うけど、考えることは似ているんだな」と思っていた。
 
「じゃあ、日本式のお祝いもしようよ!」
盛り上がった彼女たちは、スマホを取り出すと、麺類の出前を注文した。
 
やがて出前で頼んだラーメンが届いた。
 
「私たち3人も、長くお付き合いできますように」
 
私たちはお茶の入ったコップで乾杯をして、届いたラーメンを食べ始めた。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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