2人の間を取り持ったのは、ピエロな私だった……はず。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:光山ミツロウ(ライティング・ゼミNEO)
「光山さんとはもう2度と会わないと思うんだ!」
「いや、もう会わないんだから、別にいいじゃん!」
「いやぁ、住んでるとこも全然違うしさ、もう会わないって絶対。イエーイ!」
その女性は、ことあるごとに笑顔でそう言った。
「そうだよね! もう絶対会わないよね! ウケる~」と顔では爆笑しつつ、「いや、そんなに言わなくても」と私の心中は真顔だった。
結局、そのジャズセッションのようなやり取りは最後まで続いた。
そして午前2時。
「やっぱりさ、光山さんとはもう2度と会わないと思うけど、超楽しかった! じゃあねバイバーイ」
そうやって彼女は私にハグをして、連れの男性と笑顔で夜の街に消えていった。
ひとり残された私は、楽しさと心地良さ、そして儚さと切なさを足して4で割って、そこに酔いというシロップをかけた複雑な味のカクテルを飲んでいるような、そんな気分だった(実際に飲んでいたのはビールと日本酒だったが)。
どっと疲れがでた。
またやってしまった、と思った。
またピエロを演じてしまった、と。
彼女たちとは、つい数時間前に知り合ったばかりだった。
客が5人も入れば満席になる小さな飲み屋で意気投合し、その店を含めて3軒ほどを一緒に、小躍りしながら飲み歩いた。
大人の夜の遠足だった。
お喋りな彼女に、ただ黙って笑うだけの寡黙な連れの男性、そしてピエロな私。
彼女と私が過激な冗談を言い合い、寡黙な彼が時々ぼそっと鋭いツッコミを入れる。
一瞬の沈黙の後、彼女が彼のツッコミを分析しだし、その分析のあまりのくだらなさ、バカバカしさに今度は私がツッコミを入れ、彼女と彼が笑い合う。
自然とグーチョキパーのような関係が出来上がり、このままトリオを組んで何らかの活動ができるんじゃないか(いや何の?)と錯覚してしまうほどに、息の合った3人だったように思う。
特におしゃべりな彼女は、酔いにまかせて真面目な話からふざけた話まで、ありとあらゆる話を披露した。
一緒に過ごすうち、彼女と彼について色々なことが分かってきた。
彼女が遠くの都会から来た旅行者で、この街に来たのは10年振りであること。
10年前にもこの小さな飲み屋で楽しく飲んだ記憶があること。
その記憶をたどって、今回もこの店に辿り着いたこと。
仕事はアパレル関係をやっているけれど、仕事の話はしたくないということ。
彼はこの街に住んでいる人で、単なる趣味関係の友人であること。
でも彼はそうは思っていないらしいこと(小さな声でこっそり伝えてくれた)。
「旅先の非日常を楽しみたい!」
彼女の顔にはデカデカとそう書いてあった。
「彼女と友人以上になれると……いいなぁ」
彼の顔には控えめにそう書いてあった。
天真爛漫な彼女と、あまり多くを語らず静かに笑っている彼。
彼女と彼に何があったのかは分からない。
が、この微妙な関係性に興味を引かれた私は、何を勘違いしたのか、あるいは単に酔っていただけなのか、自分が2人の間に入ってピエロを演じれば、この微妙な関係性に前向きな変化を起こせるのではないか、と思ったのだった。
ここでいうピエロを演じるとは、敢えておバカキャラに徹して相手のツッコミを引き出したり、またその場の司会的な役割をかってでたり、つまらなそうにしている人に話しを振ってみたり、お調子者ともお節介ともいうような振る舞いをすることだ。
いい歳をして、何をやってるんだろうといつも思う。
ジャズの世界に「スウィングする」という言葉がある。
ジャズのリズムが奏でる、思わず身体が動きだす躍動感やノリを言い表す時に「曲がスウィングしているね」などと表現したりする。
私は、私がピエロを演じることでこの場、そしてこの2人の関係性がスウィングしてくれたら面白いよなと、お節介にも思ってしまったのだった。
思えば、私は酒を飲んで楽しくなると、良かれと思ってついついピエロを演じ、自分も周りもスウィングしたい衝動に駆られてしまう悪い癖がある。
味をしめているのだと思う。
無論、ピエロを演じたがために、至近距離で冷たい視線を浴びる、あるいは言い争いになりかける等、失敗したことは1度や2度ではない。
が、成功して場がスウィングしたことも1度や2度ではない。
スウィングした時の高揚感といったら、それはそれは病みつきになるくらいで、そのために酒を飲んでいる、いや、生きていると言ってもいいぐらいだ。
しかし、である。
昔はそれが当たり前だと思って、自分がピエロを演じている自覚さえなかったのだが、ある時、仲良しだと思っていた異性から「光山のその感じ、一緒にいて疲れる。てか光山は疲れないのその感じ?」と真顔で言われ、愕然とした。
そして、気づいたのだった。
「ピエロって疲れるものなんだ」と。
言葉とは不思議なもので、一旦そう認識してからというもの、これまで自然に出来ていたピエロが、私の中で「さ、ピエロに」とスイッチを入れないと出来ないようになってしまった。
大人の階段をまたひとつ登ってしまった瞬間だった。
そして悲しいかな、大人の階段を登るということは疲れることでもあった。
病気や怪我で入院したことのある人ならお分かりだろうが、足を動かす、手を動かす、自分で食事をする等、これまで無意識にできていたことを意識的にしないといけないのは、肉体的にはもちろん、精神的にも疲れることだ。
これまで自然に出来ていたピエロを、意識的にしなけれ出来なくなっていた私は、その夜も知らず知らずのうちに疲れていたのだった。
「やっぱりさ、光山さんとはもう2度と会わないと思うけど、超楽しかった! じゃあねバイバーイ」
そうやって彼女と彼は笑い合って夜の街に消えた。
ジャズセッションは唐突に終わった。
2人がどうなったのかも知らないし、もう2度と会うこともないだろう。
でも2人の間を取り持ったのは、ピエロな私だった……はず。
私はひとり、家路についた。
***
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