メディアグランプリ

15年ぶりの変わらぬトキメキの再来は450分の2の奇跡だった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:近本由美子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「あ! あたし、これ好き!」わたしは有田町の450店ほどある陶器店の中でなんとなく足が向いた一店舗に入っていった。そして目に留まったその器を手に取った。
乳白色の磁器に瑠璃色の筆運びが滑らかなやさしい風合いのその珈琲カップに目が留まったのだった。
 
この日は、高校生の娘が春休みに温泉に連れて行って欲しいというリクエストで両親と
4人で佐賀の嬉野温泉のホテルを予約していた。
ホテルに泊まるまでの時間を隣の有田町まで足を伸ばすことにしたのだ。久しぶりの有田町だ。それは15年ぶりだった。
 
そもそもわたしが器に興味を持ったのは30数年前の社会人2年目の春に全国的に有名な有田陶器市に父と一緒に出かけたことがきっかけだった。
陶器市には古くからあるお店の軒先にさらにテントが張られ、色とりどりの器が所狭しと並ぶ。特売品から有名窯元の高級品まで一堂にたくさん目にすることが出来る。人出の多さと賑わいの中でお気に入りの一品を見つけるのは宝探しのような独特の高揚感がある。
有田の街は景気の良さが町の活気にあふれていたバブル前の頃だった。
わたしは財布の中のお金をのぞきながら、慎重に自分好みであろう器を数点だけ買って帰った。
家に帰って、父とわたしは自分が選んだ器を見せ合った。父は先輩面をして自分の選んだ器のどこが気に入ったかを自慢げに説明するのだった。それは素人の自己満足に思えた。
それでも自分が好きと感じた器を選び、それを毎日の暮らしで使うということの楽しさの世界に触れた出来事だった。
 
その後、結婚したわたしは夫が建てたお店で奇しくも作家の器を扱う機会に恵まれた。
それは、地元の陶芸家の作品展の場所を貸したことだった。唐津風の土ものの渋い作品だった。雑器でありながら一つ一つ趣の違った表情があった。
ここでまた新しい暮らしの器の魅力に気づかされた。作家さんの熱が込められた作品を普段使いすることは暮らしの中の贅沢とも言える。
そこからわたしは、器のことをもっと知りたくなり、器の専門書や雑誌を何冊か買ってみた。
その中の1冊の雑誌のすみっこに小さくのっていた若い陶芸家のいくつかの作品の写真を見たとき、こころが一瞬留まった。
何度も何度もそのページを見返しては湧いてくる思い。「なんだか、好き!」
わたしはなんだか居ても立っても居られない気持ちになった。「直に見てみたい! そして陶芸家さんにも会ってみたい!」という気持ちだ。
そうしてついに思い切って電話をかけてみた。
「あの、わたし雑誌でそちらのこと知ったんです! すごく好きな感じで工房にお邪魔して買うことはできますか?」
その返事の声の主は、落ち着いた低い声だった。だけどわたしの突然の電話に戸惑っていてなんだか迷惑そうなニュアンスが伝わってきた。それでもなんとか了解してもらった。
その頃はまだスマホも、ナビもない。雑誌を助手席において、何度も道を間違えながら、くねくねした山道を車で進み、やっと小さな工房にたどり着いた。
口数も少なく愛想がいいわけでもない陶芸家だった。そりゃそうだ。モノ作りに打ち込んでいる時に、制作現場の中断をしなくてはならないわけだから。
それでも事前に連絡をしていたので工房の2階の出来上がった器を見せてもらった。
そうして湧いてきた思い。「やっぱり、好き!」自分の顔がにやけて自然に笑顔になってくる。推しの陶芸家と出会った瞬間だった。
 
わたしは、それから度々その工房に足を運び、毎回ちょっとだけ器を買った。
そのうち、陶芸家とも少しずつ色んな話をするようになった。
わたしは、料理が得意でそのために器を買うわけではなかった。その器のカタチや描かれた世界が好きで買っていた。暮らしの器にアートの世界を感じたのだと思う。自分の魂がそれに共鳴している。そんな感じだ。
 
家で使う珈琲カップ、大きめのお皿、それを普段に使う。するとヘタな料理も美味しそうに見えてくるから不思議だ。
 
そんなに好きだったのに。そんなに幸せを感じていたのに、ある時からわたしは、ぱったりそこに行かなくなった。
理由は生活していくことが大変になって、気持ちにそんな余裕がなくなったのだ。
家のローンや子供の教育費、仕事や日々の生活のことなどに追われる毎日になっていった。
有田の街にも、あの陶芸家にも会うことはなくなってしまった。
それから15年が経過していた。
 
娘の温泉旅行のリクエストに嬉野を選んだのは有田町が近かったからというのもあった。
有田の街でそんなことを思い出しながら、なんとなく気になって入ったお店でわたしは、そのカップを手に取ったのだった。
「え? これってもしかして……」
ドキッ! とした。
わたしは、有田のもう一軒、別のお店にも入ってみた。
品よく飾られたそのお店の商品の中から、これいいなぁと手に取ったものは再び、あの陶芸家の器だった。
15年たって、作風は余計に洗練された感じだが変わらないピュアさがあった。
「やっぱり、今も好き!」
ホテルに戻って、15年ぶりに思い切ってドキドキしながらその陶芸家に電話をしてみた。
「覚えていらっしゃいますか?」
「え? あ、あー、あの時の!」
翌日の予定を変更して、工房にむかった。そして再会を笑顔で喜んだ。15年の空白は一瞬で埋まった。
 
わたしが15年後もこころが震えたのが同じ人の作品だったことに何とも言えない喜びを感じていた。
「わたし、○○店と○○店で作品が目に留まって、もう行くしかない! と思たんですよ」と。
「え! ホントですか?」
なんと、その陶芸家が作品をお店に出しているのは450店舗以上ある有田のお店でその2店舗だけだったという。なんという奇跡!なんという運命!
その一連の出来事がさらにわたしを驚かせた。
自分の「好き」を素直に感じ、「好き」を「好き」と言える幸せは、日常を幸せ色に変える。
それは自分のこころが感じ、動いている喜びにあふれることなのだから。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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