メディアグランプリ

勇者は予防接種に立ち向かう


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミNEO)
 
 
1通の手紙が届いた。そして思わず、天を仰いだ。
ついに、「予防接種のお知らせ」が届いたのである。
 
ここのところ郵便ポストを開ける度に、次男が来年小学生になるのだということを実感していた。冬の終わりからポツリ、ポツリと通信教育の案内が入り始め、桜が咲いたらランドセルのカタログがたくさん届いた。もうそんな時期なのね、と二人目育児の余裕ともいうべき気楽さで眺めていたのだが、現実感たっぷりの予防接種のお知らせはのんびりした私の心にピシャッと鞭を入れてきた。小学生の準備、出来てますか? と問いかけられている気がした。
 
予防接種というのは、親にとってなかなか面倒な仕事の1つである。生まれてから1歳までの1年で15本ほどの注射スケジュールをさばき、その後も忘れた頃にやってくる追加接種をもれなく確認し、確実に打つ。さらには、物心ついて激しく抵抗する子どもを小児科へ引っ張っていくのも重労働だ。友人などは、注射直前で子どもが診察室から逃走し、親と看護師さんとで大捕り物になって大変恥ずかしかったと泣いていた。それほど頑張ったところで、子どもたちからは感謝されるどころか恨みの眼差しを向けられるのだから、やってられない。歯医者、耳鼻科に続いて「付き添いたくないランキング」堂々の第一位だと思っている。
 
しかし、面倒な事は早く終わらせるに限る。案内を開いた勢いで予約を完了させた。
 
「再来週の金曜日に注射を打ちに行きます!」
早速伝えると、次男の顔はサッと青ざめ、手にもったSwitchをポトリと落とした。
「うえぇぇ、いやだぁぁぁぁ」
途端に体をくにゃくにゃにして全力で不満をアピールし始めるので、横で兄がニヤニヤと笑って、
「また、寝たふりするんじゃないの?」
と言う。そういえば、3歳の時は「寝たふり作戦」を決行したのであった。待合室から狸寝入りを決め込み、診察室に入っても頑なに目を開かず、先生と看護師さんを戸惑わせた伝説を持つ。
「珍しい子だねー。寝てるのかな? 残念だけど、寝てても注射打っちゃうからねー」
そう言われても頑固に目を開けず、ブスリとされても微動だにせず、どうでもいいところで大物っぷりを見せつけていた。あれから数回同じ作戦を使い、「眠りの3歳児」としてクリニック内で有名になっていたのだが、今回は久々の挑戦だ。さてどうなるか。こちらとしては3歳ならまだ余裕で抱っこできたが、5歳で同じ作戦を取られると、私の腰が悲鳴をあげそうなので止めていただきたい。前もって、作戦の変更をお願いしておくとしよう。
 
そして、予防接種当日。
普段なら待合室にあるキッズエリアへ、一目散にかけていく次男だったが、この日ばかりは私の横にピタリとくっついて座り、そわそわと順番に番号が呼ばれるのを待っていた。暇つぶしに触るスマホゲームもどことなく集中していない様子である。
 
「18番のかたー」
 
 
5歳児とは思えぬ深い深いため息をついて、次男がのっそりと立ち上がる。仲良しの看護師さんが笑顔で手招きするが、歩みは亀より遅い。非情な母がズンズン背中を押して、ようやく診察室に連れ込まれた時には、ぐにゃりと背骨が2、3本溶けていた。ここからは時間との勝負である。先生が手早く問診を済ませ、準備に取り掛かる。看護師さんは気を紛らせるべく、次男に仕切りに話しかけ、母の私は暴れ出さないよう、がっちり手足の動きを封じる。
 
「もう年長さんだもんねー! 大きくなったねー! お兄さんだねー!」
 
看護師さんが年長児の自尊心をくすぐるトドメの一言を繰り出し、その隙に先生がブスリ!
さぁ、どうだ……? 私はバッと顔を確認する。すると、なんと、その針の刺さった腕を凝視しているではないか。寝たふり作戦を取る次男のことだから、直視しないのではないかと予想していたが、最初から最後まで堂々と見届けている。刺さった一瞬、眉間にグッと力が入ったものの、後は余裕の振る舞いである。自然と観客から歓声が上がる。
 
「おぉー! 全然平気じゃーん! かっこいいー!」
 
最後にペタリと絆創膏を貼ってもらい、任務完了である。涼しい顔をして診察室を後にした。
「頑張ったから、シールとかもらっていく?」
ご褒美にと看護師さんが差し出した箱を、次男の手がサッと制する。
 
「僕ね、もう、ゆり組さんだから。もらわないよ」
 
ひとり去っていく次男の後ろ姿を呆然と見送る。やだ、ちょっとカッコいいじゃないの。思わず看護師さんと顔を見合わせて笑った。
 
いつまでも、赤ちゃん感が抜けきらないと勝手に心配していたけれど、大丈夫だ。見た目はまだまだ幼くても、中身はほんの少しずつ成長している。成長しようとしている。きっと大丈夫。この1年で、きっとまた大きく成長していくのだろう。私はただ黙って、その後ろ姿を見送っていこう。
 
小さな背中の向こう側に、夕日の沈む荒野が見えたような気がした。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



関連記事