メディアグランプリ

寝ぼけまなこの侵入者


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:篠田 龍太朗(ライティング・ゼミNEO)
 
 
下宿のベッドからふと目覚めた僕が感じたのは、妙な違和感と気配だった。
夢にしては、いささかリアルすぎる感覚だった。
 
「ん……、」
寝ぼけまなこをこすりながら、ベランダに近づく。
 
「あ……、」
 
刹那、窓は閉めてあったはずなのに、白いレースのカーテンが、ふわり、と揺れた。
11月の終わりの夜の冷たい風が、僕の眠気を吹き飛ばした……。
 
 
——あれは、僕が大学3年生のころだった。
ちょうど確か、大学の中間レポートの課題をやっていたんだった。産業社会学とかいう、ちょっと変わった先生の授業の課題だったと思う。「日本の労働組合について2千字で論ぜよ」とか、そういうテーマの課題だったと思う。
 
締め切りは11月30日、朝10時。
現在、11月29日、夜11時。
 
残念ながら、大してまともに講義を聞いていなかった僕に、レポートのネタなどあろうはずがない。
 
ちょうど昨日(28日)の夜は誕生日だったので、友人と飲んでいた。
恥ずかしながら、結構な飲みサーにいたので、「年の数だけ飲む」とかそんなアホなことをして。日本酒の一升瓶も空け、過去最大の二日酔いに苦しんでいるうちに、こんな時間になってしまったんだった。
 
あーあ、今夜は徹夜だなあ。
レポート、やりたくないなあ。
 
なんの知識もないのにパソコンの目の前に座ったって、ネタが降ってくるわけじゃない。僕ははじめてまともに読む、「レジュメ」という名の不可解な文字列の書かれた紙を読み返しては、途方に暮れた。
 
——あ、日付が変わった……。
 
なんかもうどうでもよくなってきた。そしたら睡魔が襲ってきた。とはいえこのレポートは出さないと、「不可」が確定してしまう。
 
あー、ちょっと休憩しよ。
 
——ちょっとだけ、ちょっとだけ。
 
そう思いながら僕はベッドに横になって、携帯をいじりはじめた。
そして気がつけば電気もつけっぱなしのまま、僕は眠りに落ちた。
 
30分ぐらい、眠っただろうか。
柔らかで心地のよい眠りから、ふと覚める。
 
「あれ……?」
 
何だろう、この妙な違和感は。
 
「……ん?」
 
「いま、誰か、……いた??」
 
僕は半分寝ぼけまなこで、夢のような、でもそれにしてはちょっと生々しい残像を脳内にとどめながら、夢遊病者のようにベランダのほうに歩いていった。
 
6畳ほどの、大して広くない学生の一人暮らしのアパートである。
ベッドからベランダまでは、せいぜい10歩ほど。
 
——そのとき。
 
……ふわり。
 
部屋の白いレースのカーテンが……、揺れた。
間もなく、冬のはじめの冷たい夜風が、僕をつつむ。
 
「なんで、窓が開いてる……!?」
 
冷えた酸素が、脳内に染み込んでいく。
ひと息に、夢から覚める。
急激に回転をはじめる、僕の頭脳と全身の神経。さっきと別物のようだ。
 
震えと鼓動が、もう止まらない。
五感に加えて第六感までもが告げる、この確信。
 
——「やっぱり、誰か、いた!!!」
 
間違いない、間違いない。
さっきの「夢のような誰か」の残像は、本物だったのだ。
 
やはり僕は、本当に「誰か」と目があったのだ!
今はもう、はっきりとその姿を思い出せる。瘦せぎすで黒っぽい服を来た、薄汚い中年の男だ。
 
奴はうちに入ってきて、窓から出ていくところで僕と目があったのだ。
そして寝ぼけまなこの僕の姿をよそに、悠々と部屋から逃げおおせたのだ!
 
部屋を見渡す。荒らされた痕跡はない。
足跡もない。
 
だがテーブルの上にあったはずの、黒のカルバンクラインの財布が姿を消している。
 
僕は絶叫しながら裸足のままベランダに飛び出した。でもそんな男の姿はもうなかった。
外の空気は、ものすごく冷たかった。
 
ただの冬のはじまりの夜風とだけでは説明のつかない、薄気味の悪い寒気が、僕の全身を包んだ。「身の毛のよだつような寒気」とは、こういうものなんだと初めて知った。
 
 
30分ほどして、近所の交番のお巡りさんが鑑識を連れてやってきた。夜中の2時半くらいだった。僕はすべての指の指紋をとられ、現場検証に付き合わされた。
 
それから警察の皆さんの現場検証が終わったのは、なんと朝の5時だった。
 
僕はぐったりとしながら、なぜか眠る気もおこらず、狐につままれたような気持ちで大学の課題に取り掛かったのだった……。僕はずっと起き続けていた。
 
事件に進展があったのは、その日の昼過ぎだった。
 
なんとアパートから1キロほど離れた公園のゴミ捨て場に、僕の財布が捨てられていたのだという。犯人は財布の中のカネだけ盗って、それ以外の身分証やらキャッシュカードやらは全部残したまま、捨てていてくれたらしいのだ。
 
——「やっぱり、あのとき……、目があったんだ……」
 
何もしていないのに、1キロ離れた公園まで僕の財布が移動するはずはない。お金がなくなっているはずはない。確たる証拠をもって、僕があのとき泥棒と目が合ったのだと気付いた。
 
ようやく気持ちも落ち着いてきて、僕は安堵感から深い眠りに落ちた……。
 
 
「人生で一番怖い思いは?」と聞かれたら、僕は真っ先にこの事件を思い出す。
寝起きで泥棒と目が合う経験なんて、そうそうないだろう。
 
何よりタイミングが良かったので、ケガをしなかったのも良かった。
自分で言うのもなんだが、僕はこういうピンチのときの悪運がかなり強いほうだったりする。
 
ちなみに、僕の悪運はこれだけにとどまらなかった。
泥棒に起こされたおかげで眠れなくなったから徹夜で完成できた一夜漬けのレポートの成績、なんとクラスで最高の「秀」(「優」よりも上)だったのだ(笑)。
 
僕は恐怖体験と、そしてなけなしの2万円と引き換えに、かけがえのない単位を手に入れたのだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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