ちょっと「うつ」になったからって、私に優しくしてもらえると思ったら大間違いやから
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:TANAKAYA HARU(ライティング・ゼミNEO)
✳︎この記事は、少しフィクションです。
夫がうつ病になった。昨年の10月のことだ。「なった」と過去形で書いたが、現在も彼は仕事に復帰できておらず、自宅療養中。つまり、夫のうつ病は現在進行中である。この病気は、なかなかしぶといらしく、適切な治療を受けて回復しても、患者の約60%が再発し、再発の多くが回復後2年以内におこると言われている。 言ってしまえば、治るか治らないかさっぱりわからない。
うつの症状は、千差万別、人様々だと思うので、私がこの目で見た状況は、あくまでも一例としてとらえていただきたいのだが、まず、去年の8月ごろから、夫は、トイレに籠る時間が異常に長くなった。彼は、快便の人だった。ところてん方式というか、「食べたら出す、食べたら出す」を繰り返して日々を過ごしていた。そんな人が、「食べても出にくい」から「食べても出ない」となったのだ。一方、私は、元々便秘症で2~3日お通じがないのが当たり前だったので、「うんちが出にくい」と訴えてきた夫に、「子どもじゃあるまいし、大の大人が、そんなに頻繁に出る方がおかしいんやって」と、一笑に付してしまった。
さらに悪いことに、夫は、元から「どっからそんなこと思いついたん?」と私をあきれ返らせるほどの心配性で、常にだれも考えつかないようなこと、例えば、「アツアツのラーメンを食べているときに地震がおこって、顔中大やけどをしたらどうしよう」とかを割と真面目に心配しては、私に「知らんやん、そんなこと」と冷たく言い放たれていた。そして今回も、案の定「うんちぐらいで大袈裟やな」と、私に怒り倒されて終わってしまった。
さらにさらに悪いことに、コロナ禍で私の会社が時差出勤になり、私は、そのころ朝6時半には家を出て働いていた。その代わり、夕方は早く帰ってきていたが、朝も帰りも遅い夫とは、完全なすれ違い生活になっていて、「夫のうんち事情」は、深く掘り下げられることなく内攻していった。ただ、私もこの時点では鬼ではなかったので、会社で「ヤクルト1000」をせっせと買っては、夫に飲ませていた。
10月に入ると、異変が堰を切って、次から次へと現れた。
まず、定石どおり、会社に行けなくなった。
休む連絡することも辛くなってしまったのに、私が代わって電話しようとすると、「そんなおかしなことをしたらあかん」と言って止めに入られた。何がおかしくて何が正しいのか?会話が全く嚙み合わない。
そして、どんどん食べなくなり、ついには水も飲まなくなって、冷蔵庫に、ヤクルトのストックだけがたまっていった。
一番厄介だったのは、病院に行くことを拒否したことだ。そもそもコロナ禍で、紹介状の無い新規の患者を受け付けていない病院がほとんどの中、ネットで探し回ってようやく見つけて予約し、無理やりタクシーに乗せて連れて行ったにも関わらず、病院の玄関ドアの前で、石のように動かなくなってしまった。何にも食べていない夫の身体のどこにあんな筋肉が残っていたのか不思議だった。
連れて行ったタクシーで、また家まで連れて帰ってきたときの、やるせなさを何と表現すればいいのだろう。今でも言葉が見つからない。タクシーを降りて、家までのほんの数メートル、私は感情を抑えきれずに病気の夫を思いっきり罵倒した。
「こっちがうつ病になりそうや!」
夫は、かすかに申し訳なさそうな表情をしたように見えた。
上の息子が手配してくれた訪問診療の医師は、帰り際に私をマンションの1階のエレベーターホールに呼び出した。
「本来、入院は本人の同意が必要ですが、ご主人はこのままでは命に危機が及ぶ可能性があるので、ご家族の同意で保護入院させることができます」
医師の提案に、私は、「お願いします」と即答した。もう限界だった。
その三日後、息子二人に脇を固められ、夫はタクシーで病院へ運ばれた。
まず、外来で診察を受け、先生方が口々に「今のままだと体力がどんどん落ちてしまうので、入院して身体を回復しましょう」と言ってくれたが、夫は「違うんです、違うんです」と何度も繰り返して、頑として首を縦に振らない。私は、「いい加減にしろ!何が違うんじゃ!」と怒髪天をつく心の怒りを、「何がちがうん?」と、平坦に変換して口に出した。すると夫は、「腸が詰まって、食べ物が通っていかないんです」と医師にまことしやかに訴えた。
「はぁ~~~~???」
私の殺気を察したのか、こういう患者には慣れているのか、精神保健指定医が速やかに入院を宣言した。
入院しても、夫は何にも食べない、飲まない、薬も口にしない。
看護師さんが、付き切りで口に運んでくれたが受け付けなかった。
そこで、当初、投薬で様子を見てから行う予定だった、電気痙攣療法を早めることになった。
電気痙攣療法とは、脳波にてんかんと同じような波形を生じさせ改善させる治療法で、家族の同意が必要となる。医師から治療中にけいれんを緩和させるため、全身麻酔薬と筋弛緩薬を使用する旨の説明がなされると、夫は、「無理です。もう筋肉がありません」と真顔で返答した。これには、そこにいた全員が噴き出してしまった。気を取り直した主治医の先生が、「大丈夫ですよ。何も食べられなくなって、体重が落ちても、生きてる限りは筋肉はありますからね」と、子どもをあやすように言ってくれた。
夫は、幸いなことに、電気痙攣療法が劇的な効果を発揮し、41日間の入院を終えて家に帰ってきたが、退院後も、相変わらずどうでもいいことを心配しては、「よくそんな暗いこと考えつくな~」と、私に一刀両断にされている。
だが、「そんな、キツく言わんでもいいやん」と小さい声で反論するようになった。
私は、相変わらず夫を怒っている。怒った後に小さい声で「ごめん」と言うようになった。
楽しいなぁと思う。
***
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