ハマスタの戦友たちを見つめて
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記事:篠田 龍太朗(ライティングゼミNEO)
「須田ぁ~、ドンマイ! 次は頑張れよー!!」
この日の先発、須田幸太のピッチングはお世辞にもドンマイなんて言えないくらいの散々なものであった。制球もろくに定まらず大量失点、2回ももたずにノックアウト。がっくりと肩を落としてマウンドを降りる須田。ああ、今日もきっとボロ負けだ。
ここは横浜スタジアム、略してハマスタ。横浜DeNAベイスターズのホーム球場である。
ところがそんな惨状だというのに、ライトスタンドの熱狂的なファンたちからは、何故だかヤジひとつ聞こえてこない。むしろさっきのような信じられないくらいに温かな声援が、そこかしこで飛び交っている。僕は愕然としつつ、何だか妙に感動したのであった。
2013年、初夏。就活を終えた大学4年の僕は、イベントスタッフのバイトを始めた。主な業務は、コンサートや野球などのイベントの設営や誘導だ。僕は横浜にいたので、ベイスターズの仕事が多かった。
縁もゆかりもないハマスタに行く機会が、突然増えた。父の影響で野球を観るのは好きだったが、もともと関東出身でもない僕にとって、ベイスターズへの思い入れなどあろうはずがない。
当時の横浜は、とにかく信じられないほど弱かった。98年に大魔神・佐々木を擁して日本一になって以降、99年から2012年まで14年間で、最下位がなんと9回。この間、優勝どころか2位にもなれず、ベンチの雰囲気は最悪だったという。弱り目にたたり目、次々とチームを去るスター選手たち。ゴールデンウイークも夏休みもお構いなしに、閑古鳥が鳴きつづけるハマスタ。まさに圧倒的暗黒時代であった。
大きな転機が訪れたのは、2011年のシーズンオフのことであった。気鋭のITベンチャー・DeNAが球団の経営権を取得したのである。監督はお茶目で元気な中畑清に代わり、徐々に補強も進められた。DeNAはマーケティングも素晴らしかった。球場をみんなが楽しめる場にすべく、ハマスタの大規模な改装工事が始まった。「トイレが汚いと女性客は来ない」という発想から、場内のトイレも一流ホテル並みに綺麗になった。スタジアムグルメもどんどん充実していった。球場全体がチームカラーの青い光で美しくライトアップされるイベントなども盛んに行われるようになり、暗黒ベイスターズは徐々に成績面でも興業面でも息を吹き返していった。
僕がバイトを始めたのは、そんなDeNA体制の2年目のことであった。最初にハマスタに行ったのは、確か6月の曇りの日だったと思う。どんよりした梅雨空がよく似合うぐらい、投手陣はよく打たれていた。でも、それに負けないくらいよく打った。中日から引き抜いたホームラン王のブランコを筆頭に、お調子者で身体能力抜群のモーガン、大ベテランの中村ノリやラミレス。若手の梶谷も別人のように覚醒し、とにかく打ちまくった。試合は大体、ド派手な乱打戦。場内の演出や仕掛けも楽しくて、僕はだんだんハマスタの仕事が楽しみになっていった。客席誘導の担当になれば、割としっかり試合を見られるのだ。
そして、あの日はよく晴れた真夏の夜だった。
天気のいい日のハマスタのナイターは、いつだって息をのむほど美しい。暗がりを纏いはじめた濃紺の空に、真っ赤な夕焼けが折り重なる。絶妙に溶けあう、青と赤。ここにしかない都会の絶景が、一面にひろがっている。
そしてそんな美しい情景が全く似合わないぐらい、須田は打たれた。僕の配置のライトスタンドからでも分かるくらい、泣きそうだった。夏休みの時分だったので、子連れのファンも多かった。最初はユニフォームを着てはしゃいでいたキッズたちも、須田が降板するころにはみんな下を向いて沈黙した。スマホに心を奪われてしまった子も少なくなかった。
ところが、ライトスタンドの大人たちは違う。誰一人、野次を飛ばさない。温かい歓声と、小さな拍手。そして、須田への労いの言葉。
——僕は、度肝を抜かれた。
彼らはカネを払ってわざわざ球場に来て、あっけなく期待を裏切られたというのに。
ライトスタンドの人たちなんて、打ったら大騒ぎ、打たれたら野次と相場は決まっているはずなのに。
次のピッチャーがマウンドに上がり、投球練習が始まる。そんな風景を横目に、僕はぼんやりと頭を巡らせはじめた。
なぜ彼らは、こんなにも温かいのか。
どうしてこんなにも、須田のことを思いやれるのか。
やがて、その答えが見つかった。
彼らは長きにわたり、ドン底のベイスターズを支え続けてきた戦友たちだったのだ。いや、もはや家族同然と言ってもいいのかもしれない。
ライトスタンドの野次馬たちは、30代から40代の男が大半を占めていた。彼らはきっと横浜の街で生まれ育って、そして若かりし日に、あの日本一の栄光を自らの目で見届けたのだ。中学か高校か、はたまた社会に出たくらいの年頃か。もう一度あの栄光をこの目で見たいという思いで、来る日も来る日もハマスタに通い続けた。声援を飛ばし続けた。どんなに横浜が負けたって、球場の空席が日に日に増えたって。他チームのファンにはからかわれたことだろう。何度も何度も、同情や憐れみの目で見られたことだろう。
それでも彼らには、意地とプライドがあった。
——年を重ねても家族が増えても、ベイスターズこそが彼らの青春だったんだ!!
そんな答えにたどり着くと、僕は仕事でここに立っていることも忘れて、何だか涙が出そうになった。
やがて、僕の思考は自分自身のほうに向かいはじめた。
自分に、こんなにも思い入れのあるものがあるだろうか。
胸を張って、自分はこれを愛している、信じていると言い切れるものがあるだろうか。
——そうか、これを見つけ出すのが人生ってやつなんだ、きっと!!
***
この日から、僕は少しずつベイスターズを応援するようになっていった。就職して関東から離れてしまった今、なかなかハマスタには行けないが、それでもシーズン中は試合結果を見ては一喜一憂する毎日だ。
そして2016年。ベイスターズはなんと11年振りに3位に入り、球団史上初のクライマックスシリーズ(CS)出場を決めた。
あの日泣きそうだった須田はといえば、中継ぎに転向して獅子奮迅の活躍を見せ、チームの躍進に大きく貢献していた。
僕は固唾を飲んで、テレビでCSの行方を見守っていた。終盤の山場、痺れる場面でマウンドに現れたのは須田だった。怪我明けながら、須田の直球は相手の強打者たちを圧倒していた。
あの日の須田は、もういない。
僕はふと、須田の目を見た。
震えがくるほど、鋭い。まさしく乾坤一擲、勝負師の目であった。
僕は、あの日のことを思い出していた。
きっと須田がいなかったら、今ごろ横浜の応援なんてしていなかったことだろう。
須田は野球を信じ抜いた。
ライトスタンドの戦友たちは、ベイスターズを信じ抜いた。
彼らはようやく、長くて暗い闇の底を抜け出した。信じ続けてきたものが、今ようやく光を放ちはじめている。
胸に、熱いものがこみ上げてきた。
そうだ、自分だって、きっと。
いつか彼らみたいに、一生かけて熱くなれるものを見つけ出してやるんだ。
堂々とマウンドを後にする須田の姿をテレビ越しに見つめながら、僕はまだ見ぬ人生のテーマに思いを馳せた。
***
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