メディアグランプリ

週に一度、靴下が増えていく理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西條みね子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
コロナ禍で完全在宅勤務になり、はや2年経つ。
平日はほぼ、家の外に出ない生活をしていると、必然的に「家着」で平日の5日間を過ごす生活に、すっかり慣れてしまった。
 
「今日は、目玉焼きにしようかな……」
 
朝食の話ではなく、家着の話である。
目玉焼き、と言っているのは靴下のことだ。黒い地で、足の甲の箇所に、左右1個ずつ、大きな目玉焼きの模様が入っているのである。
この、面白いけどどこに履いていくんだかわからない、愉快な靴下は、母のコレクションから貰ったものだ。
 
 
 
70歳を目前にして、母は突如、フラダンスを始めた。
それまでいろいろあった家のことが、片付いたタイミングだった。
「フラダンスか、和太鼓か、ボタニカルアートをやってみたいと思っててね……」
よくわからないチョイスだったが、何であれ、新しいことを始めたいと母が言うのは、聞いている私も嬉しい。
結局、母はフラダンスを選択し、週に一回、郊外の住宅地から、市街地のフラダンス教室に通い始めたのである。
 
 
「わ、なんでこんなにいっぱいあるの」
 
母がフラダンスを始めてしばらく経った頃である。
私は正月に、実家に帰省した。思いの外寒く、持参した靴下が薄い生地のものだったため、母に靴下を借りることにした。
 
引き出しを開けて驚いた。
なんだかよくわからないが、右足と左足をペアで丸められた靴下が、ゴロゴロと湧き出てきたのである。
 
数は30は超えていただろうか。普通の靴下だけでなく、5本指はもちろん、丈の短いもの、足首に縁飾りがついたもの、ごくごく薄手から分厚いモコモコまで幅広い。
よくよく見ると、なんだか柄もいろいろある。ずいぶん可愛らしい花柄が散りばめられたものもあれば、太さが様々な縞模様、水玉、猫柄・犬柄……。無地の黒や茶で一見、シンプルにみえるものも、足の甲に虫が付いていたり、目玉焼きが付いていたりする。
 
「こんなにいっぱい、どうしたの!!」
 
目玉焼きの靴下に大爆笑しながら、母に聞いた。
こんな、面白靴下を集める趣味、母にあっただろうか。大体、足は1組しかないのに、こんなにたくさんあってどうするんだ。毎日、日替わりで1足ずつ履いても1ヶ月はもつ。サーティワンアイスクリームならぬ、サーティワン靴下である。
 
「これねぇ、フラダンスに行くのに、車じゃなくて、電車で行くことにしてねぇ」
 
なんだなんだ。だいぶん、靴下から遠いぞ。
と思いながらも、話を聞く。フラダンスが出てくるとは思わなかったが、まさか、フラダンスで、この面白靴下を履いて踊っているわけではないだろう。
 
「車で、XX駅の近くのイオンモールまで行って、そこに車を止めるんよ。で、少し歩いて、電車に乗ってね」
 
ふむふむ。
 
「その、ちょっと電車に乗るのが、良くてねぇ。広島駅で、乗り換えもするしね」
 
地方都市の郊外ゆえ、移動は基本的に車である。それが、わずか数駅でも、歩いて電車に乗り、乗り換え、街の景色やお店を見ることが、母の生活に良い刺激を与えているのだろう。
が、まだ靴下は出てこない。
 
「で、帰りにイオンモールに寄ってね。車も止めさせて貰ってるし」
 
うん。
 
「くるっと、イオンモールを一周するんよ。なんかかんか見てね。で、最後に、2階の靴下屋で、靴下、一足買って帰るんよ」
 
靴下、出た!!
 
「なんか、せっかく出掛けて、いろいろ見たのに、何も買わんで帰るの、ちょっと寂しいからねえ。ちょこっと、靴下、買って帰るんよ。300円とか400円とかで。面白い柄ね、いっぱいあるんよ」
 
なるほど。
この、「ちょこっと靴下買う」は母にとって、週に1回のお出かけの最後の、小さな楽しみなのだ。
 
母はあまり物欲のない人で、高価なものはもちろん、私が子供の頃から、何かものを欲しがっている所を見たことがなかった。着道楽でもなければ食道楽でもなく、好きなものは花と庭いじりである。
そんな母は、週に1度、フラダンス教室に通うというきっかけを利用して、小さなお出かけに仕立てることで、日常に新しい風を入れているのである。
その締めくくりの、小さな楽しみが靴下なのだ。
 
電車に乗り、街を散歩して、最後に靴下を買う。なんともお手軽な、楽しみの作り方ではないか。
数百円で小さな幸せが手に入るなら安いもんだ。日常を豊かに楽しむとは、こういうことなのかもしれない。
 
 
「この靴下、いくつか貰っていい??」
 
妙な幾何学模様のついた、でも暖かそうな靴下を履きながら、私は言った。
 
「いいよ。持って帰りんさい」
 
菱形の柄がついたものと、細かい花柄と、例の目玉焼きの靴下を選び、笑いながら言う。
 
「これで少しスペースが空くし、また靴下、買うといいよ」
 
 
 
都内に帰り、私は平日の在宅勤務の間、母から貰った靴下に足を温めて貰っている。
足の甲の目玉焼きを見ると、実家の、面白靴下の大群と、今週もまた、靴下を選んでいるであろう母を想像して、ちょっと楽しい気持ちになる。
 
在宅勤務になり、ほとんど外に出ないという意味では、私の生活も母と似たようなものだ。
 
「私も、土日に出かけたら必ず寄るような、小さな楽しみを作ろうかな?」
 
今度の土曜は、少し寄り道をしてみよう。
私にとっての靴下が、何か見つかるかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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