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あなたはどんな上司になりたい?

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:玉置裕香(ライティング・ライブ福岡会場)
※この記事はフィクションです。
 
 
「私、プライベートを大切にしたいから、5時半以降、基本仕事はしません」
優美はそう上司に言い放った。一回りも上の智子さんの顔は引きつった。
「は? あなた何を言っているの?」
まだ入ってきたばかりで、仕事もできないのに先に帰るとかあり得ない。そう顔に書いていた。私 は二人の顔を見比べ、おろおろしていた。
部屋が一気に氷ついた瞬間だった。まだ入社して数日しか経っていなかった。一波乱ありそうな予感がした。
 
今年、優美と私は一緒に入社した。私たちの仕事は事務職だ。同じ部署には、部長の下に智子さん、希美先輩、そして私たちがいた。優美と私は年も一つしか違わない。すぐに仲良くなった。 希美先輩は二人の子供がいて、パートで働いていた。職場のゴシップに精通していて、おしゃべりなお姉さんだった。
希美先輩と私たちはすぐに仲良くなった。三人で談笑する私たちを見て、智子さんが言った。
「暇なら、上司の仕事を側で見て覚えなさい」
私と優美は顔を見合わせた。今ちょっと時間が空いたから話していたんだけどな…、そう思ったが 反論できなかった。
側にいた希美先輩が助け舟を出してくれた。
「今二人にここのシステムとかを教えていたの。ごめんなさいね」
笑顔で答える希美先輩に、ふん、と鼻をならして智子さんは去っていった。
「なんで、智子さんはあんなに私たちに冷たいんですか? 今時見て覚えるとかないですよ。ちゃ んと教えてもらわないとわかりません」優美は、遠慮なく希美先輩に聞いた。
「一生懸命仕事をしてきた人だから、人一倍頑張るのが当たり前なんだと思うよ。腰掛けみたいな私もあまりよく思われていないもの」
「それでも対応冷たくないですか?」
「まあまあ。仕事でわからないことあったら、私に何でも聞いてね」
二人のやりとりを私は横で聞いていた。智子さんには逆らわないでおくのがいいかも。希美先輩がいて良かった、と心の中で思った。
 
優美は宣言通り、プライベートを大事にした。もちろん仕事を疎かにしていない。むしろ時間内は 積極的に働いている。だが、時間外にみんなが職場に残っているからといって、一緒に残るのは あり得ないと公言し、自分の仕事が終わったらさっさと帰宅した。
就業時間は大事、と私も思う。以前の職場では割と分担作業をしていたため、自分の仕事が終了 したらよほどのことがない限り残業はなかった。
でも、と私は思う。優美みたいに私は割り切れなかった。
特に、朝早くから遅くまで働いている智子さんを見ていると、先輩より先に後輩が帰ることに私は違和感を感じた。さっさと帰る優美に、智子さんは何にも言わなかったが冷たかった。仕事に対する責任や価値観は人それぞれだ。どちらの言い分もわかる。いろいろ難しいな、と私は思った。
 
2ヶ月程経過して、私たちは少しずつ職場に慣れてきた。隣の部署にいる年の近い男の先輩と仲良くなった。物腰はやわらかで、とても話しやすい人だ。智子さんや周りのスタッフの方とも仲が良く、場の雰囲気を和やかにしてくれる。廊下ですれ違ったらいつも声をかけてくれた。
「どう? 職場には慣れてきた?」
「はい、業務は少しだけ慣れてきました。でも、まだ先輩たちに話しかけづらくて」
「話しかけづらい先輩て、智子さんでしょ」
「え、なんでわかるんですか?」 私は思い切って、彼に尋ねてみた。
「智子さんはどんな人ですか? まだあんまり話したことがないんですけど、ちょっと怖くて……」 「最初はみんなそう感じるんだよ。僕から見ると、理想が高くて、自分に妥協をしない人かな。だか ら上司でも後輩でもだめなときはちゃんと指摘をしてくれる。言葉がきつくなるのはそのせいかな。 めんどう見は一番いいよ」
「そうなんですね。嫌われていると思っていたから、ちょっと安心しました」
「頑張って。いつでも相談にのるから困ったことがあったら言ってね」
「ありがとうございます」
それから智子さんを見る目が少しだけ変わった。数ヶ月経ったが、なかなか話しかける機会はな かった。相変わらず私と優美に対する態度は冷たく感じられた。私たちは希美先輩に仕事を教わりながら、日々の業務を少しずつこなしていった。
 
そんなときに事件は起きた。希美先輩に教えてもらった仕事で、私と優美は大きなミスを起こしてしまった。しかもそれは明日の朝までに提出しないといけない。緊急で対応しないといけないこと がすぐにわかった。希美先輩はもうすでに帰宅していた。私と優美は困り果てた。だが、決断の速い優美がすぐに智子さんに相談しようと言った。
当然、智子さんからはものすごく怒られた。なぜきちんとしたやり方を私に聞きに来なかったのか。優美と私はすみません、と謝った。
「今日あなた達、帰れないわよ。いいわね」
「もちろんです。どうしたらいいのかわからないので、指示をお願いします」
優美は智子さんに頭を下げながら即座に言った。智子さんの厳しい目は変わらなかったが、口許が少しだけ微笑んだ。そこから智子さんの対応は早かった。私たちのミスをあっという間に見つけ、的確に指示を出してくれた。徹夜の作業はとてもきつかったが、朝方までに何とか間に合った。
「疲れたー。だけど、間に合って良かったー」
私と優美はヘロヘロになって机の上に突っ伏した。その時、後ろから智子さんの声がした。
「お疲れ様」
私たちは慌てて起きた。
「ミスをしてすみませんでした。智子さんがいてくれて本当に助かりました。ありがとうございます」 私と優美は頭を下げた。
「あなた達のミスは上司の責任よ。わからないことはちゃんと聞きなさい。皆に迷惑がかかるだけでなく、あなた達の信頼にも関わるのよ」
「…はい。以後気をつけます」
 
私と優美は眠たい目をこすりながら、自販機の横の長椅子に座り、コーヒーを飲んだ。「もっと怒られると思った」私は言った。
「ホント。冷たいと思っていたけど、違ったね。カッコ良かったなー」
優美もどうやら見方が変わったらしい。
「本当にいい女って、グチグチ言わず、しっかり仕事をこなして信頼を勝ち得ていくんだろうなぁー」 優美の言葉を聞きながら、私は仕事に対する智子さんの姿を思い出した。いい上司にめぐりあえて、私は嬉しかった。
 
あれから8年が経過した。智子さんや優美は異動して、もうここにはいない。私はかなりの古株になってしまった。
さっき部長から呼ばれた。
「今度君の下に新人がつくから指導するように」
私はどんな上司になるのかな。少しだけ昔を懐かしく思った。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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