在宅介護の大海原
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:あきやましずえ(ライティング・ゼミ2月コース)
なんだって?お母さんが歩けなくなった!?
ある朝のLINEメッセージにわたしの全身が固まり、
それから朝起き抜けの脳がぐるぐると音を立てて動き始めた。
どうすんねん!
当時、母(84)は90になろうとする認知症の父を実家で介護しつつ二人で暮らしていた。
在宅介護である。
父の精神が少しずつあちこちにワープするようになって(=ボケ始めて)から、
すでに丸3年はたっていた。
在宅介護とは、家に介護の必要な人がいてその家に住んでいる人が介護をすること。
この在宅介護、海で長い距離をおよぐ「遠泳」にかぎりなく似ている。
まず、どんな波に向かって泳がなくてはならないか、予想がつかない。
プールで泳ぐのとはわけが違う。
波だけでなく風の影響もあり、見当違いの方向に流される可能性は大きい。
介護の先行きなんて誰にも予想できないし、自分の予想している方向など、なんの意味もない。
だが、決定的な違いがある。
遠泳は、しっかりと終わりをみすえながら泳ぐ。
遠泳には「ゴール」がある、というところ。
在宅介護は「ゴール」がどこにあるか見えない。
というより「ゴール」そのものが設定されていない、というところ。
ゴールが設定されていない遠泳はちょっとお断りだか、
介護のレースは「ゴール」が見えなくてもカンタンに降りるってわけにはいかない。
だいたいいつ始まるか、だってわからない。
「用意、スタート!」とはいかないのが介護の始まりなのだ。
在宅介護は、同居している子どもが親のめんどうをみることともいわれる。
だが、長寿大国日本では、いまや相方の世話をしながら暮らしていく、老老介護が在宅介護の大半を占めるようになってきている。
子ども世代が親世代をみる介護よりも、介護する側も老境にはいっているので、介護する側にも厳しいことが起こりがちである。
他にも同居人がいれば、ヘルプの手もふえるが、わたしの両親のように夫婦だけで暮らしている場合は、特に難易度があがる。
父の介護の要(かなめ)である母が歩けなくなっただと?
母からのLINEの文面はこうである。
「朝起きようとしたら、右足に力が入らない 歩けない
杖をついたらゆっくりならあるけるようになってきたから だんだん平気になると思うんだけど できるだけ早くきてください」
あわててなぜ電話してこなかったのか、とこちらから電話して聞く。
すると案外のんきそうな声で
「だって、びっくりさせると思ったから」
!どっちにしてもびっくりします、それは。
連絡のあった日はわたしが週一で実家に泊まりに行く予定の日だったので、
速攻で準備をすませた。
わたしの住む町から実家へは、高速道路をひた走って1時間30分はかかる。
ちょっとアクセルふみこみ目で1時間10分の記録を打ち立てた(夫には内緒)。
その日は、たまたま、わたしが実家に行く予定の日で。
その上、たまたま、父の訪問看護師さんがきてくださる日で。
看護師さんが診てくださったら母のヒザは大きく腫れていた。
「こんなに腫れています。ほおっておかなでなるべく早く整形外科で診てもらってください」
病院は行きたくない(待ち時間が長いし、ひとりにできない父を連れていかないといけないし、云々)とブツブツ言っていた母が豹変した。
「ハイ! 今日の午後行きますっ」
ということで午後、かかりつけ整形外科を受診した。
結果は「鵞足炎(がそくえん)」。
※鵞足(がそく)とよばれるヒザの内側下方の脛骨の周囲に炎症が生じる病気
医師は慣れたもので、患部にステロイド注射をブスリ。
そうしたら、なんと、あっという間に痛みが引いた様子なのだ。
病院に向かう時は杖にすがって歩いていた母が、帰り道には
「ちょっとコープさん寄って行こか?」
ときたもんだ。
おどろきの回復力!ビバ、現代医学!!
まさか、母の足がきかなくなるなんて。
父の認知症の進行を心配はしても、母が歩けなくなる事態など家族のだれもが、
多分母自身も想像していなかった。
兄や妹にはわたしからLINEで速報を送り続けた1日となった。
それは、父のことばかり気にかけていたわたしたち三兄妹に、
毎日24時間父を気にして生活している母の肩にどれだけ重いものが載っているのかを気づかせてくれた事件だった。
このような大事件でなくても、小さな波がドンブリドンブリ寄せては引くのが在宅介護というもの。
その実態をともに暮らしていない者が理解するのはとてもむずかしい。
夜中に何度も起きて、何をするかわからない。
食事に集中できなくなり、一食終えるのに1時間以上かかる。
玄関からどこにともなくでかけてしまう。
お風呂の浴槽で立てなくなった。
だんだんとお手洗いに間に合わなくなる。
そういう人と暮らすのである。
先の事件から、わたしたち兄妹は、できる範囲で実家を訪ねる回数を増やしていった。
あまり実家に帰ってくることがなかった兄も、仕事を調整して1ヶ月に1度でも泊まりがけで帰ってきてくれるようになった。
妹が5〜6日滞在してくれたりもした。
そうすると全員、両親の状況・父の具合がよくわかるようになってきた。
三人三様に母が疲弊しきる前に次のプランを考えなくては、と思い始めた。
それぞれに家庭があり仕事がある上に、頻繁に実家に通うことはなかなか厳しい。
どうしても次のプラン「父がお世話になれる介護施設を探す」ことが必要になってきたのだ。
一番身軽なわたし(夫との二人暮らしで兄妹の中で一番実家近くに住んでいた)が毎週実家に通えばなんとかなる、などという甘い予想はまったく役に立たなかった。
母を筆頭に、介護に通うわたしたちまでが疲労困憊してきたのである。
とにかく家族全員が遠泳の最終段階に肩で息をしながら、
それぞれに必死で父の元に集まり続けた。
先がまだまだ見えなかったある日、母が父の着替えを手伝うわたしに
「悪いねえ、こんなことさせて」
とつぶやくように言った。
「え?なに?お母さん?」
この一言は、全く本当に的外れ。
肩で息をしようが、
自分が疲弊しようが、
夫に不自由をかけようが、
両親を見守りに、
母を手伝いに、
自分たちが育った実家に帰ることは、断じて「こんなこと」ではなく、
普通に自然に自分たち兄妹がやりたくてやっていたこと。
彼らの子どもとしてのそんな気持ちを母に伝えることができて本当によかった。
これも父がわたしたち全員を介護の大海原にいざなってくれたおかげである。
お父さん、ありがとう。
その後、介護施設探しは、思いの外スムーズに進み、ある日スパン! と、
ある特別養護老人ホームにお世話になることが決まった。
びっくりするやらありがたいやら。
家族全員で在宅介護の大海原を泳ぎ切った瞬間である。
お父さん、またみんなで特養に会いに行くからね!
もうすぐ父は93になる。
***
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