靴をバッシュに履き替えて
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:小桜(ライティング・ゼミ集中コース)
「ダムッ、ダムッ、ダムッ……」体育館から聞こえてくる音は、心地よく胸に響いてきた。
「キュッ、キュッ!」床とシューズが擦れる音もリズミカルだ。
この音を聞くと、いつでも私の記憶はあの夏に引き戻される。
中学時代のあの夏に。
小さい頃の私は、いわゆる運動音痴だった。小学校の体育の授業は大の苦手。逆上がりは何度やってもできないし、運動会のかけっこはいつもビリを争っていた。
半べそをかきながら、何度も挑戦させられる……あの時代の体育はそういう時間だった。
悲劇だ。神様は何の恨みがあって私にこんな試練を与えるのだろう。青い空を見上げて心の底から呪った。
通っていた小学校は、高学年になると部活動に参加することができた。男の子向けにはサッカー部や相撲部なんていうのもあったが、何を血迷ったか、小学4年生の私は女子バスケットボール部に入部するという暴挙にでた。
なぜか? 今となってはその時の理由を思い出せない。ただ、いつもみんなを待たせながら鉄棒に向かわされる自分にほとほと嫌気がさしていたのかもしれない。みんながとっくにゴールしているトラックを走る屈辱を、もうこれ以上味わいたくなかったのか。
「運動のできない自分を変えたい」子ども心にそう思ったのだろう。
小学生がやるバスケットボールは、「ミニバスケットボール」と呼ばれ、ボールも大人が使うものより一回り小さく、ゴールも低い。
運動音痴が触ったこともないバスケットボール片手に、悪戦苦闘の日々が始まった。
授業の前には朝練があり、放課後は午後練をするというのが平日毎日続いた。土日も地域の小学校との練習試合が行われた。
運動大嫌い少女が、毎日毎日ボール片手に飛んだり走ったりをする激変ぶりだ。
その当時の私は同年代の子よりも成長が早く、背の順に並ぶと後ろから何番目、という自分にはバスケットボールは有利な気がしていた。ゴールとの距離が近いからだ。だけどそもそも運動音痴。そんなアドバンテージは幻想だった。
だが、それでも毎日の朝練午後練を一年続けていると、私の運動神経は激変した。まず他の球技が器用にできるようになった。あんなに足が届かなかった逆上がりだって回れるようになった。そして奇跡は起きた。運動会でリレーの選手に選ばれたのだ。
「神様、恨んでごめんなさい。」もう体育の時間が楽しくなっていた。そしてバスケットボールもどんどん上達し、レギュラーを争うまでになっていた。
この頃だ。私はあの、伝説のバスケットボール漫画と運命の出会いを果たす。同世代の人にはわかってもらえるだろう。不良少年がバスケと出会い、弱小高校を全国大会にまで押し上げるあの漫画だ。
ハマった……。女姉妹しかいない自分が手に取ることのなかった少年漫画。女の子に振られ続けたバスケと無縁の不良少年が、一目惚れした子にモテたくて始めたバスケット。そこにどんどんハマっていく様に、自分を重ねた。
もっとバスケがしたい……。そう思った私は、中学に上がってもバスケ部に入ることを決めた。
進学した公立の中学校は、地域の4つの小学校から生徒が集まってくるマンモス校だった。各小学校のキャプテンクラスの生徒が同じくバスケ部に入部した。オールスターだ。頼りだった私の身長も早々に成長が止まり、背の順は前から数える方が早くなっていた。
私はレギュラーを勝ち取ることはできず、補欠に甘んじていた。
だがそんな自分を、あの漫画は支えてくれた。
公園で自主練する姿に感化され、バスケットゴールがある隣町の公園まで自転車を走らせた。「スリーポイントシューター」という肩書に憧れ、背も小さく足が速いわけでもない自分はここしかない! と思って、3Pシュートを何本も何本も練習した。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」漫画の中の有名なセリフは、前に進む勇気をくれた。
でも結局、最後の最後までレギュラーにはなれなかった。努力は必ずしも報われないのだ。
中学最後の夏、チームは県大会に進出した。
私の努力が報われなくても、みんなの努力は実を結んだのだ。そうか、そもそも報われるだけの努力をしていなかったんだな、私は。
初めての県大会。1回戦から苦戦を強いられた。試合の残り時間は少ない……ここが追いつくチャンスだ。監督はタイムアウトをとった。みんなを落ち着かせて、最後の望みにかける。
「交代だ」監督の言葉に息をのんだ。まさかの出場のチャンスが回ってきたのだ。
「やっと努力が報われる……」あの憧れのスリーポイントシューターみたいになれるかもしれない!
結果は……、何もできなかった。本当に何もできなかったのだ。
むしろコートに立った記憶もない。「県大会1回戦敗退」という結果を残し、移動バスの前でチームみんなで撮った記念写真が残っているだけだ。
小学4年生でバスケットボールに出会ってからの6年間。何かをしていたら、結果は変わっていたのだろうか?
ただ確実に、運動嫌いの少女は、スポーツが得意な活発な女性に変わっていた。
そしてあの漫画は、バスケットを離れた後も私の心の支えになっていた。
高校2年で最終回を迎えたときは、失恋するよりショックを受けた。
「あきらめたらそこで試合終了」そう言い聞かせてつらい仕事を続けてこられた。そして今度は、自ら試合に終止符を打つ覚悟も身についた。
体育館からドリブルや、バッシュの擦れる音が聞こえてくると、あの苦い夏の思い出がよみがえる。
ただそれは、ビールのようなのど越しのいい苦さなのである。
***
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