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メディアグランプリ

イスタンブールの片隅で、SNSがなかった時代のちょっといい話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:奥志のぶ(スピード・ライティング特講)
 
 
私がまだ20代のころ、ずいぶん昔の話だ。思いきってギリシャ・エジプト・トルコ10日間の旅に参加したことがある。最後の入国はトルコ。ずいぶん遠い国までやってきた。もう二度と来れないだろうという思いから意気揚々とツアーバスに乗り込む。今日は楽しみにしていたグランドバザールでの自由時間があるのだ。
 
期待は裏切らなかった。グランドバザールは世界最大級の市場だ。何千軒あるのかもわからないほどの店が並び、エキゾチックな雰囲気を醸し出している。観光客には全方向から売り込みの声がかかり、異国情緒に誘われてふらふらと彷徨ってしまう。路地の路地、さらに路地、その奥にも路地。このまま進めば迷子になってしまう。
一軒の店に入った。なんの変哲もない店。自分でもなぜここに入ったのかわからない。タタミ三畳ほどの店はブルーを基調とした土産品でいっぱいで、どこかしら接触せずには人とすれ違えないほど狭かった。ほんの数分、なんとなく商品を眺めて店を出ようとしたとき、
 
「ジャパニーズ?」
 
私にも理解できる英語が耳に入ってきた。どうやら私に向かって発せられたらしい。恐る恐る声の方を見ると50代くらいだろうか、恰幅のいい白人男性がいた。身なりも良く上品な感じだ。瞬間、私はたいして英語ができるわけでもないのにイエスと応えてしまっていた。おまけにニッコリと満面の笑みで。彼の態度は私の警戒心を解くのに十分だった。私を怖がらせないようにしていることを感じとったからだ。ここから数分間、ほんの短い間だったが私は彼と生涯忘れられないやりとりをすることになる。
 
とりあえず彼にはダニエルと名付けておこう。彼はわかりやすく話してくれた。私に理解できたのだから簡単な単語をつかってくれたのだと思う。私も一生懸命にダニエルの言葉に集中した。彼は別に日本人が珍しかったわけではない。明確な思惑があって、それを実行するためにはどうしても日本人が必要だったのだ。
ジャパン、トモダチ、イングリッシュ、アイキャントスピークジャパニーズ、レター……。ダニエルの言いたいことがどうしてはっきりと伝わってくるのか、彼の表情を見ていてわかった気がした。なんといえばいいのか、たぶん、熱意だ。逃げ出さないでよかった。なんとか彼の役に立ってあげたい。
 
ダニエルの話はこうだ。
「僕には日本に親友がいるんだよ。彼はいつも英語で便りをくれるんだ。僕は日本語ができないからね。だから一度日本語で書いた手紙を送りたいんだ。彼はきっとすごく驚くよ。お嬢さん、僕のかわりにこの絵ハガキに日本語でなにか書いてもらえないかな。おねがいだよ」
私は感動してしまった。国境を越えた厚い友情にこんなところで出くわしちゃった。おっと、ちょっと待て。私の役どころってめちゃめちゃ重要じゃん! 私はオーケーオーケー言いながら当たり障りのない文章を考えはじめていた。そういえば外国の人って(自分も外国人だということを忘れている)誕生日によくハガキを贈るよね?
 
「バースディ?」
「ノーノーノー」
 
お友達が誕生日なら「お誕生日おめでとう!」の一言ははずせない。だがそうではないとのこと。つまり旅先からの近況報告でいいということだ。ちょっと考えて私は書きはじめた。ちなみにダニエルのお友達はヒロシと名付けておく。
 
「ヒロシ、お久しぶりです。お元気ですか? 私はいまイスタンブールに来ています。とても素敵なところですよ。今度あなたに会うのはいつになるでしょうか。早く会いたいものですね。では、また。お元気で。ダニエルより」
 
なんとも平凡は文章だが英語でたどたどしく読み上げるとダニエルはとても喜んでくれた。私のヘタクソな文字を愛おしそうに見つめ、何度もサンキューと繰り返した。私の胸の辺りがじーんと温かくなり、それは身体中に、指の先まで広がっていった。きっとこれは幸福感というものにちがいない。誰かの役に立てた。温かな友情を目の当たりにした。縁もゆかりもないダニエルと私、知らない者同士の私とヒロシ。だけど私は今、二人の橋渡しになった。この三者から遥か遠い異国の地で、何万もの人がすれ違う雑踏の中で、たしかに私たちはつながったのだ。
ダニエルとは握手をして別れた。もう二度と会うことはない。さっき声をかけられてからほんの数分だ。でも、大げさな話だがこの数分間のやり取りのためにここに来たのではないかと思うほどに気持ちが高揚していた。それほど私の胸に深く刻まれたできことだった。
 
後から後から彼らのことが思い出される。思えばダニエルはずっと日本人を探しつづけていたのではなかろうか。あの絵ハガキを受け取ったヒロシはなんと思っただろう。日本語の文章を見てきっと微笑んだに違いない。
スマホも翻訳アプリもない時代、思いを伝えるには行動が必要だった。私にはダニエルの行動が尊く思われて仕方がない。今ならスマホ画面を差し出せばそれで済むことなのだから。
いつしか二人が再会したときに、「ハガキを書いてくれたあの子、どうしてるかな」と話題にしてくれたかもしれない。私だってこうして文章にするほど彼らのことを忘れずにいる。国も名前もわからないダニエルとヒロシ。SNSの力をもってしても彼らを探すことはもうできないだろう。願わくば、彼らが健勝であらんことを。二人の友情が続いていることを心から祈っている。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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