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怨霊独身寮


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:篠田 龍太朗(ライティング・ゼミNEO)
※この記事はフィクションです。
 
 
「人事なんて、希望するんじゃなかった……。」
俺はあんなことを言ったのを、いま本気で後悔している。
 
俺は高橋陽太、中堅メーカー・太陽工業の新卒3年目、25歳。
俺はどっちかといえば、ミーハーなほうだと思う。だから入社してすぐの配属面談で、「人事やりたいです!」って言った。
 
なんで人事かって!?
だって、格好いいじゃん!!
 
俺は就活も人並みにしか頑張んなかったから大手には行けなかったけど、採用担当の田川さん、格好良かったんだよな。
 
俺と同じようにずっとサッカーやってたから日焼けしてて背が高くて、キラッと光る白い歯がまぶしかった。就活で会った数少ない大人の中で、あんな風になりたいと思ったのは田川さんだけだったな。
 
だから田川さんに会うたびに、この会社に入りたいと思った。柄にもなく、苦手な筆記も頑張った。そんで内定もらったときはホントに嬉しくて、俺も田川さんみたいになるんだってキラキラしてたな。
 
それで念願かなって、俺は2年目の春から人事の配属になった。嬉しかった。
 
……でも、俺はそのあとすぐ、笑えなくなった。
 
***
 
俺は人事って、田川さんみたいにキラキラして、大学生に夢を語るだけだと思ってたんだけど、ホントは違った。
「人事」って、人を採用するだけじゃないんだ。
人を評価するのも、配置を決めるのも、労働時間や給料の計算まで、全部「人事」。俺は、ただのミーハーな世間知らずだった。
 
配属初日はビビったな。
俺が電話をとったら、相手はどっかの支社の偉いおっさんだった。
開口一番、
「おい、俺はモリノなんて絶対要らないからな。フジタにしろ! モリノならブチ殺すぞ!!」なんて怒鳴り散らされて。
さすがの俺もオロオロしてたら、「邪魔だ、上司に代われ!!」って2秒でレッドカード。
久しぶりに、マジで凹んだ。
 
こんな風にして、俺の人事への憧れは、初日で跡形もなく崩れ去った。
異動の時期はあらゆる部署の権力者からの脅しの電話、評価の時期はオッサンたちの醜い足の引っ張り合い。
 
怒鳴られ、仕事に忙殺されているうちに桜は散った。夏も通りすぎ、涼しくなるころには自分の前髪までちょっと涼しくなっていた。
いつの間にか、笑顔もなくした。
 
俺はもう、就活のころに絶対なりたくなかった、「死んだ目をした満員電車のオッサン」寸前だった。
 
最近、ひとつも笑えない。涙も出ない。
憧れの田川さんが、憎くてしょうがなかった。
 
***
 
そんなある日、社内で激震が走った。
会社の寮で、新入社員が首を吊ったというのだ。
 
近ごろ感情をなくしていた俺も、このときばかりは震えがきた。
 
俺は、死んだ杉野とかいう新入社員に会ったことはない。
けれども、
「オイ、死ぬなよ……。」
 
さすがに本気で悲しかった。俺だって毎日怒鳴られてイヤな思いして感情なくして、それでも前向いてんのに。一生懸命、やりたくないことばっか、頑張ってんのに。
 
調べが進むと、杉野がこの世を去った理由はごくありふれたものだった。
両親の仲が悪化して修復不可能になって、ちょうどそのとき付き合っていた彼女に振られ、仕事の人間関係もそんなには上手くいかず……。
別に誰かにいじめられたわけでも、彼がこの世で一番不幸だというわけでもなかった。別に、誰も悪くなかった。
 
それでも、杉野は死んだ。
 
俺はぽっかりと心の穴が空いたかに思えたが、あまりの理由のしょうもなさに、しばらくして杉野のことなんか忘れてしまった。毎日追い詰められてたし、俺も病んでたし。
 
***
 
俺がいよいよ本気で「人事になんかなるんじゃなかった」と後悔したのは、それから3か月後のことだった。
 
いつも陰湿極まりない上司の森永が、妙に優しい目をして俺を狭い応接室に呼ぶ。
 
森永はドアを閉めるやいなや、電気も点けず、別の生き物のように姿勢を低くした。
「あの森永が、なぜ俺なんかに頭を下げる……?」
俺は数多の「?」マークを脳内に浮かべながら、森永の言葉を待った。
 
「高橋君、頼む……。君しかいないんだ、頼む!!」
ちょっと泣きそうな森永の発言は、俺の想像を上回るものだった。
 
杉野が首を吊った寮の部屋は、当然、いまも空室のままだ。
春には新入社員がやってくるが、空室が足りない。杉野の部屋も使用せざるを得ない。
ところが、そんな部屋に新入社員を入れるわけにもいかない。だから、誰かをしばらく杉野の部屋に住ませて様子を見る——いわば「毒見」をしなければならない。
 
「そんなの、誰もやりたくないだろ? だから人事でいちばん若くて独身のお前にこの
役目がまわってきたんだ……。頼む、この通り、頼むよ!!」
 
「……分かりました。課長、いいっすよ。俺、住みますよ。」
 
半分どうにかしていた俺は、森永の悲痛な表情にちょっと満足して、うっかりイエスと言ってしまったのだ。
「高橋君……、ありがとう。本当にありがとう!!」
森永は泣きながら机にすがりついていた。俺はコイツのことをちょっとだけ見直しながら、手を差し出した。
 
会社からの帰り道。
「ああ、俺、これから事故物件に住むんだ。」
俺は人事を希望したことを、心の底から悔やんだ。
悔やんでも、悔やみきれない。
 
***
 
それから、俺の笑えない新生活が始まった。
6畳一間、がらんとした古臭い畳のアパートだ。
 
俺は霊感なんてない方だが、さすがに初日はちょっとの物音でも震えて眠れなかった。
ピーピー言う北風の音は、杉野の悲鳴に聞こえた。
停電で部屋が真っ暗になったあの夜は、二十年ぶりにちょっと漏らした。
 
でも、しばらくすると慣れてきた。
怖かった部屋の物音も、カーテンの揺れも全部、そこに杉野がいてくれるような気がしてきたのだ。
 
——俺は、一人じゃ、なかった。
 
会社でひどい目に遭ったときは、とても落ち込む。「死にたい」とか思う。それでも、コレで死んだらあいつと一緒だしな、なんて天国の杉野をおちょくった。
 
朝起きてストレスで顔が青くなってても、あいつのサエない遺影よりマシだからいっか、なんて笑えた。
 
最近また始めたサッカーでゴール決めたときは、思わずあいつに「見たか!」って叫んでた。
 
狙ってたあの子からデートOKの返事がきたときは、お前の元カノより百倍可愛いからな、なんてあいつをイジってた。
 
いつしか、天国の杉野は俺の心の支えになっていた。
お前は恰好よくないしみっともないし、しょーもない理由で死んじゃったかもしんないけど、でもお前と喋ってると、なんか元気出てくんだよな。
 
——お前に会えて、良かったよ。
 
——元気なお前と、友達になりたかったな。
 
***
 
暖かい南風が、ふきはじめた。
 
三月二十日、俺は杉野の部屋を明け渡す。
 
もうすぐ、四月だな。
 
春からこの部屋にくる新人くん、入社おめでとう。
いつかお前がこの部屋の事件のことを知ってショックうけるかもしれないけど、大丈夫だ。
 
この部屋の亡霊くんは、俺の心に引っ越した。
だから何にも出やしない。怖くない。大丈夫だ。
 
荷物をまとめて、寮のドアを開け放つ。
すがすがしい、春の青空がそこにある。
 
おい、行くぞ。ついてこいよ。
俺は振り返って、同居人のいた部屋に視線を向ける。
 
部屋に残したレースのカーテンが、ふわふわと柔らかく揺れる。
 
——めずらしく、お前、イイ顔してんな。
 
俺も思わず、微笑み返す。
新しい生活が、今にも始まろうとしていた。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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