メディアグランプリ

中国で仕事をして分かった「語学ができること」よりも大事なこと


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記事:深谷百合子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
工場の建設現場の片隅に建てられたプレハブの事務所で、私は通訳が席に戻るのを今か今かと待っていた。今日中にどうしても中国人の担当者に確認しておきたいことがあったからだ。
 
「この資料でいいかどうかの確認だけなのに、効率悪いったらないな」
ちょっとした用件なのに、中国語ができないばっかりに無駄な時間を過ごすことが多かった。
 
日本で仕事をしていた時は、自分で予定を立てて、「これが終わったら現場に行こう」なんていう感じで、自分で時間をコントロールできていた。それが中国に来てから、コントロールできなくなってしまった。
 
「今これを聞きたい!」と思っても、あいにく通訳が席を外していたり、通訳が戻ってきたと思ったら、話をしたかった相手が席を外していたり。とにかく色々なことが不自由で、効率が悪かった。
 
でもそれは、相手の中国人も同じだったようだ。私が会議や現場確認を終えて席に戻ると、待ってましたとばかりに中国人の担当者が通訳を伴ってやって来ることがよくあったからだ。お互いに話したいタイミングで話せない。だから、情報も思うように入ってこなかった。「そんなの知らなかった。なぜ教えてくれなかったんだろう?」と思うこともたびたびあった。でも彼らにだって言い分はあったのだと思う。私に伝えたくてもタイミングが合わなくて、「本当は意見を聞きたかったけど、もう時間がないからいいや」と伝えるのを諦めたことだってあったかもしれない。
 
少しだけ中国語の単語を覚えた頃、簡単な用件なら自力で聞いてみようと私は思い立った。筆談ならできそうな気がしたからだ。上手に話せなくても、聞き取れなくても字を書けばお互いに分かる。字で分からなければ図や絵を描けばいいし、記号や数字も使える。私が発している言葉は、「これ、それ」とか「できる? できない?」程度のものだけど、意外と意思疎通ができた。仕事だから話題は限られているし、よく使われる単語を覚えていれば、何とかなった。もちろん、途中で通訳の力を借りることはあったけれど、できる限り自分ひとりで中国人担当者の席へ行き、話をした。
 
そんなことを続けていたある日のことだ。私が自分の席で資料をつくっていると、背後から「深谷さん」と声をかけられた。振り向くと、私がいつもよく話をしていた中国人担当者だった。通訳はそばにいない。彼ひとりで私の所へやって来たのだ。
 
初めて彼の方から私に話をしに来てくれた。彼の話している中国語は分からない。けれども、彼は自分の話す中国語を、そのまま紙に書いてくれた。
 
「それってこういうこと?」
私は、彼の持ってきた紙に絵や図を書き加える。
「そうそう。これ、どうすればいいかな?」
と彼が相談してくる。
私はさらに紙に字や記号を書き加える。
 
しばらくやり取りしたあと、彼は「分かった」と言って自分の席へ戻っていった。
 
それからちょくちょく彼は私の所へ話をしに来るようになった。時には込み入った話になることもあった。そうなると筆談だけでは限界がある。そんな時には、私は通訳を伴って「さっきの話の確認だけど」と言って、お互いの話を理解するようにした。
 
もちろん、最初から通訳に手助けしてもらえば話は早いかもしれない。でも、「結局あの人は、通訳を連れていかないと話ができないんだ」と思われる方のが、長い目で見ると効率が悪いと私は思っていた。
 
実際、「通訳がいなくても、紙に書いたりすれば何とか通じそうだ」と思われるようになると、他の中国人担当者も気軽に相談をしに来てくれるようになった。その結果、入ってくる情報量が以前と比べて格段に増えたのも事実だった。
 
それに彼らは、通訳を介していた時には決して言わなかった本音を漏らしてくれるようになった。気の利いた台詞を中国語で伝えることはできなくても、ただ「ウン、ウン」と話を聞くだけでも、心の距離が近くなったようで、私は嬉しかった。
 
周りの日本人同僚を見ても、とにかく自分から話しかけに行ったり、何とか伝えようとしていた人は、職場の中国人といい関係を築いていた。逆に、中国人から話しかけられても、「よく分からないから、通訳を連れて来て!」と言う人は、なかなか関係を築けず、孤立しがちだった。相手の言っていることが分からなくても、分かろうとする姿勢を見せることは、関係をつくっていくうえで重要なポイントなのだ。
 
先月末から、私は中国へ赴任した方の語学学習のサポートをしている。初めての中国で、中国語もゼロからのスタートだというその方は、「伝えたいことがちゃんと伝えられるだろうか?」と不安を口にしていたが、私はこれだけは伝えたいと思う。大事なのは「単語や文法の正しさ」ではなく、「分かりたい、伝えたい」という姿勢を見せることだ。そして、そのための手段はいくらでもある。自分から動けば相手も動いてくれる。相手の行動は、自分の行動を映す鏡みたいなものだ。自分から心の扉を開けて、「ウエルカム」の気持ちでいれば、相手も心の扉を開けてくれるだろうということを。
 
 
 
 
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2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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