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母の日は嫌いだが、消えてなくなれとは思わない


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記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミNEO)
 
 
5月4日が母の日になってから、丸20年が経った。
もちろんこれは我が家だけの話で、世間的には5月の第二日曜日が母の日である。どこもかしこもこの時期は「ママ」「母」「お母さん」とやたら賑やかで、ついにLINEのトーク背景まで、ピンクの母の日バージョンになった時には、さすがに全身がザラリとした。どうやら「お母さん」という単語に反応して、期間限定の背景エフェクトが出るようになっていたらしい。全く余計なことをする。私は妹と和やかにポニョの話をしていたのだ。母の日の話なんか、するわけないじゃない! かっと頭に血が上った自分に気がついて、そばにあったコーヒーを一口すすった。
 
20年前の5月4日、母はくも膜下出血で倒れ、帰らぬ人となった。私が高校3年生、妹はまだ10歳の時のことだ。数日後の母の日のため妹が用意した似顔絵は、母と共に煙になった。自分のことは覚えていない。私のことだから、たぶん大した用意もしていなかったかもしれない。父をそそのかして、ケーキでも買ってもらおうと目論んでいたような気もする。けれど、その日はやって来なかった。翌年から、我が家にとって、母の日は母の命日になり、飾る花は、カーネーションからユリに変わった。
 
どれだけ時間が経っても、ゴールデンウィークが近づくと、私の心はザワザワとする。だから、1時間前に夫が子どもたちを連れ立って出かけて行った時、そうか、今はこの家で「母の日」の対象者は私なのかと、当然のことに、今更ながら驚いたのだった。だってこれまで、子どもたちからは、何にもなかったし。
 
長男はやりかけのゲームの手を止めさせられ、いかにも面倒臭そうな顔つきで出かけて行った。次男は口に手を当てて、ニヤニヤ笑いながら出かけて行った。態度だけで言ったら次男の圧倒的勝利だが、まだ帰って来ないところを見ると、それなりに3人で悩んでくれているのだろう。
 
しかし、普段は騒々しい家の中で、ひとりポツンと残されていると、この時期はどうしても母のことを考える。母は43歳で亡くなった。持病もなく、いつもパワフルだった母がいなくなるだなんて、誰が予想しただろう。20年経っても、一見塞がったかに見える傷は、こんな「母の日」という単語だけで、ドロリと流れ出してくる。
 
私は今年38になるから……。
 
しまった、考えるんじゃなかった。母が死んだ歳まで、あと何年かと考えてヒヤリとした。5年だ。あと、5年しかない。5年後、長男は13歳、次男は10歳。当時の妹と同じくらいの歳ということになる。いや、やっぱり早すぎるよ、お母さん。5年後とはいえ、まだ小さい子どもたちを残して、なんて考え始めたら血の気が引いてきた。そもそも、あと5年すら、生きられる保証はどこにあるのだろうか。いつか、どこかの先生が、こういうのは遺伝だからと言っていた。母の父も、母も、同じ病に倒れている。祖父と母とで、生きられる年齢は、少し短くなっている。どんどん嫌な妄想は膨らむ。私は43まで生きられるのか? 怖い、怖い……。
 
「ただいまー!!」
 
張り詰めた空気を破って、夫と子どもたちが帰ってきた。子どもたちは、プレゼントと思しき赤い袋を持っている。私が開ける前から、次男が中身を暴露しようとして、早速兄弟喧嘩が勃発し、やかましい事この上ない。
 
「これは、僕が選びました!」
長男が渡してくれたのは「Study set」と書かれた、思いっきり学生用の文具のセットであった。シャーペンと替え芯と消しゴムがセットになっている。なるほど、普段から「母は勉強します!」と称してパソコンとにらめっこしているからだろう。小学生にとって、シャーペンは最高級の文具である。納得のチョイスだ。
 
「ママはこれが好きだと思って」
続いて次男が取り出したのは、テレビ番組で有名な夏井先生の本「世界一わかりやすい俳句の授業」だった。なるほど。これも普段から、私が「勉強になるわ……」とブツブツいいながら、テレビの解説を熱心に聞いているからだろう。5歳のくせに、俳句の本とか、なかなかいいセンスをしている。
 
そして最後に、「ほい」と言って、夫から鉢植えを手渡される。近づくとフワッといい香りがする。うん、これも私の好きな花だ。みんな、ちゃんと考えてくれている。
 
カーネーションでも、ユリでもない。ラベンダーの優しい香りが、荒ぶった私の心を鎮めてくれる。やすやすと、死ぬわけにはいかんな……。
 
「やっぱりさ、私、長生きすると思うんだよねー」
 
夫に向かってクスクスと笑う。
私にとって、今後も「母の日」が華やかなピンクに彩られる日は来ないだろう。
だけど、今日は、少しだけ、冷え切ったブルーが、やわらかな紫に変化したような気がした。
 
本当に、ほんの、少しだけ。
 
 
 
 
***
 
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