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あなたの肩を貸していただけますか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
あなたは、普段の生活で不便だと感じることは何かあるだろうか。
私にとっては、駅や会社の階段がこの上なく不便である。
 
視覚障害者である私は、健常者の方と比較すると視野が極端に狭い。
たとえて言うなら、両手を双眼鏡のように丸くしてそれを覗くようにした見え方が、おそらく私の視野に一番近いだろう。
 
日々通勤する中で、電車や地下鉄の至るところに階段は存在する。
一番困るのはホームから改札口へ降りるときの階段だ。
双眼鏡のような視野では、すぐ真下の足元が見えづらいため、階段をガン見しながら一段一段慎重に降りることになる。
しかも色が同じであり、石のような模様が並ぶ同じ階段を躊躇なくタタタッと降りるのは、私にとって至難の業だ。段差の境目がわからないからである。
階段ばかり見ていると、上ってくる人に気づかなくて今度は人にぶつかる。
「ちゃんと見て歩け! ばかやろう」
そんなことを言われる時もあるが、一応、自身ではちゃんと見ているつもりなのでなんとも複雑な気持ちになる。
「見ているんですけど、視野が……」
なんていう言い訳は通用しないので、ただただ「すみません」とだけ言うようにしている。
いったい一日に何度、すみませんと言っていることやら。
「全日本すみません選手権」なるものがあれば、上位に食い込む自信があるくらいだ。
たまに若手サラリーマンが颯爽と階段を駆けていく姿を目にすると、ブラボー! と称賛する一方で、いいな、羨ましいなという感情が胸の奥でざわざわする。
その感情を「だってしょうがないじゃない」と押し殺しながら、ひょこひょこと降りていく様子は、きっと子どものように映るだろう。
 
せめて、階段の端っこで構わない。
階段の淵に赤や黄色の太線を引いてくれたら、どんなに使いやすいことだろうとため息をつきながら、私は毎日思う。
ちなみに上りは段差が下から見えるから、ほぼ問題はないのである。
そんなに階段に文句があるのなら、エレベーターを使えばいいじゃないかというご意見をいただくこともある。
もっともだ。全国にあるすべての駅の階段に、赤や黄色の太線を引く手間を考えたら、エレベーターに乗ってくれよ、と。すでにきちんと整備されている駅が全国各地にあるのも、今までの出張や旅行を通して知っている。
しかし、一番身近なところに行き届いていないというのが実情なのだ。
考えてみるとエレベーターを必要としている方は意外と多い。
車椅子をご利用の方、ベビーカーを利用する方、足腰が不自由で杖でゆっくりと降りることが必要な方など。だから、そんな中少し見える私が堂々とエレベーターに乗ることができない。
私の持病は進行性のものであり、まだ治療法が確立していない。遺伝子治療が急速に進めば、少し光が見えてくる。上手に付き合おう、と気長に待つくらいでないと気が滅入ってしまう。
今よりも病状が進行して白杖を持つようになれば考えるが、まだかろうじて見える間は、一日でも一分でも長く自分の足で階段を一段一段踏みしめながら歩きたいのだ。
 
実は視覚障害者として認定を受ける前に経験したことがある。
ある休日の昼頃、白杖を持った男性を駅で見かけた。
ちょうど電車が到着したばかりで、乗降客がどっと押し寄せてきた。改札口方面に降りたいその方は人の流れから押し返されそうになっていた。
世間であまり知られていないことだが、白杖を高く上げると「助けてください」のヘルプサインだ。
このサインは福岡県盲人協会が考案したもので、40年ほど前から存在している「白杖SOSシグナル」というものである。徐々に浸透してきてはいるものの、白杖を地面から離してしまうことのリスク、また白杖を上げていなくても困っている場合があり、今でもサイン自体を知らない障害者の方がいると聞く。
男性のヘルプサインが出たらすぐに駆け寄ろうと思っていたが、思いのほか人が多いせいか、発車のアナウンスや改札口に向かう人々はせわしなく、周りを気にしている人もいなかった。
私は思わず男性に声をかけた。
「あの……、改札口に降りられるんですよね。何かお手伝いできることありますか?」
一瞬、誰だ? という表情をされたが、私はひるまなかった。
「私も、実は視野狭窄があるんです。一緒に降りましょう」
すると、男性は少しだけほっとしたように言ってくれた。
「じゃあ、肩……、あなたの肩を貸してください」
「わかりました、どうぞ!」
私の肩に手を乗せた男性は、白杖をカツンカツンと上手く使いこなしながら降りていく。
その白杖の音をできるだけ邪魔しないように、そっと声をかける。
「階段、あと5段です」
人ごみに押されないように、周りと少し距離を取りながら、私たちは階段を自分たちのペースで降りて無事に改札口までたどり着くことができた。
「ありがとう」と肩に乗せていた男性の左手から、ふっと力が抜けるのがわかった。
「お気をつけて」
改札口を抜けたあと、私は白杖の男性が人にぶつからないようにと祈るような気持ちで見送った。幸い私が見ている間は問題なく目的地へ向けて進めたようだ。
その後ろ姿を見て思った。
あの姿は、未来の私かもしれない。
もし同じ立場になった時に助けてくれる人はいるだろうか。自分からSOSサインを出せるだろうか。
その未来のために今できること。それは、目の前に困っている人がいたら「行動を起こすこと」だと思う。しかも躊躇なく動くことが必要ではないだろうか。
その行動が積み重なっていけば、いつか巡り巡って自分に返ってきそうな気がするのである。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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