メディアグランプリ

息子の旅立ち、私の自立


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記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミNEO)
 
 
GWの広島駅は、人でごった返していた。
自粛の影響で空いているところしか見てなかったから、人が多すぎて驚いた。
 
自由席、座れるかな……、にわかに不安になる。これから4時間近く、子供が一人で新幹線に乗るのに、自由席で立ちっぱなしは気の毒だ。
 
ちょっと不安になったが、どうやら、ちょうどカープの試合前の時間とかぶっていただけらしい。球場に向かう赤いユニフォームの一団が行き来するコンコースを超えて新幹線口にたどり着くと、案外空いていたのでホッとする。
 
「入場券買ってくるから、改札を通れるように、新幹線のチケットを出しておいて」
 
入場券を買って、改札口まで戻ると、息子は、背中に背負った赤い大きなトレックバックを重たげに直しながらゆらゆらと揺れている。強風でも吹いたら飛んでいきそうだ。
 
こっちに行くよ、誘導してしまいそうになるのをグッとこらえて、自分の力で調べるように促す。
 
「ほら、何番線に乗るのか、確かめて」
 
電光掲示板を眺めながら、彼は目を泳がせている。目を細めながら、まるであてずっぽうのように指をさす。
 
「こっち! ……かな」
 
合ってるよ、合ってるけど、大丈夫か? ……かな、とか言わないでくれよ、自分でしっかりと判断して! でも、別れ際まで口うるさく言いたくなくて、沢山の言葉を飲み込む。
 
それなのに、2つある階段も乗り口に遠い方に向かって登ろうとするから、結局「そっちじゃないよ」と注意をするとあわてて方向転換する息子に、不安ばかりが風船のように増していく。大丈夫かな、この子、ちゃんと軽井沢まで行けるんだろうか。
 
可愛い子には旅をさせよ、というのは大いに賛成だから、小学生に上がってから、キャンプなどには積極的に参加させてきた。学校の研修でニュージーランドに半月ほどホームステイしたこともある。
 
でも、段違いに心配だ。今までは、待ち合わせ場所で信頼できる大人に息子を引き渡していたから、見送るだけというのが、どれだけ安心だったことか。
 
今回は、一人で新幹線に乗り、東京で乗り換えて軽井沢まで行かなければならない。移動距離は約1000キロ。乗り換え間違ったらどうしよう、とか、時間に間に合わなくて、あちらで合流できなかったら? とか、万が一寝過ごしたら、新幹線のチケットなくしたら……不安の種はものすごい勢いで膨らむばかり。
 
新幹線の発車時刻まで、あと2分ほどしかなかった。自由席のドアまで走らないと間に合わない。一緒に連れてきていた娘たちを引き連れて小走りに走り、乗車口についたのと、新幹線の扉が開いたのは同時だった。
 
息つく間もなく、扉に吸い込まれていく姿に、思いがけず、鼻がツンとして涙がじわり、と浮かんだ。
 
車両に乗り込んだ彼は、迷いのない足取りで車内を歩き、すっと座席についた。こちらを向いて笑顔で手をひらひらと振った姿がまぶたに焼き付いた。
 
彼と別れてから、ノロノロと階段を降りて、改札口を出ると、耳から入る音が遠く、日本語ではない言語でざわざわ、ざわざわとざわめいている。まるで異国に紛れ込んだかのような感覚に陥った。目の前の色彩も失われて視界もぼやける。
 
「マミー? 大丈夫??」
 
娘に服を引っ張られて、現実の世界に引き戻された。大丈夫よ、と娘たちに、曖昧な笑みを浮かべる。
 
彼のいない景色が、こんなに違うなんて。
 
今、息子は、13歳。大学からもしも家を出てしまうとしたら、あと5年。下手すると、もっと早くに出ていくことだってあるかもしれない。その時に、私は、彼のことを笑顔で見送ることができるんだろうか。
 
今、息子は、燕のヒナのような時期なのだろう。少し飛んでは、巣に戻る。
 
そんな時期だからこそ、自立を促すために、色々な経験をさせたいと、キャンプなどに行かせていたけど、もしかすると、私こそ、彼が自立していくことを受け入れていかなければいけないんじゃないか。燕だったら、ずっと一緒に行動できるけど、人間はそうはいかないから。
 
へその緒でしっかりと繋がれていた時から、生まれて抱っこで密着していて、歩けるようになったら手を繋ぎ、それも手を離れて、彼との間に少しずつ少しずつ距離ができる。目に見えないへその緒がうすく細くなって消えていく。ある日突然、切れることがないように、少しずつ、少しずつ、今日みたいな小さな別れを体験しながら、私も準備していく。
 
寂しくもあるけれど、大人になっていく彼を見守るのは、やっぱり楽しみでもある。キャンプを終えて戻ってきたときに、自分でやり切って自信をつけて帰宅してくれるなら、それはそれで、嬉しい。そう、2つある階段の遠い方に間違って行くことくらい、実はどうってことないんだ。沢山やらかして、沢山楽しんで、親のいないところで色々なことを吸収しておいで。
 
車のアクセルをゆっくりと踏みながら、新幹線に乗り込むときのやり取りを思い出して不意に笑いがこみあげてきた。
 
『思い出と忘れ物は、ちゃんと回収してくるんだよ!』
 
と、乗車ゲートに向かう背中に声をかけたら、彼は振り向いてニヤリと笑った。
 
『伏線は、回収してこなくて、いい?』
 
一瞬意味が分からなくてポカンと見返すと、『伏線回収したら、色々やらかしちゃうからダメでしょ』と声が流れてくる。絶妙な返しに、じわりと浮かんだ涙が苦笑と一緒に蒸発した時に扉が閉まった。
 
伏線回収して、忘れ物だらけだったら、しばらくネタにするからいいさ。
 
「マミー、何笑っているの? 気持ち悪い」助手席に座った娘に言われた。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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