メディアグランプリ

地元は心に宿る暗い影だ


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記事:中村 美月(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」
 
有名すぎる冒頭である。川端康成の代表作『雪国』の主人公、島村はぼーっと列車に乗っていると、トンネルを通り抜け、突然辺り一面銀世界になり、息を呑むというシーンである。列車は、島村の住む東京という“日常”から雪国という“非日常”へ連れていく。これと同様に「トンネルの向こう側には、“非日常”な異世界が広がっている」そう想像されている読者の方もいるのではないだろうか。
 
だが、私にとってトンネルというのは、そんな胸を膨らませるような異世界へとつなげてくれる代物ではない。郊外にある住処から実家へ帰省するとき、『雪国』同様、長いトンネルを抜けるのだが、私はいつも心がズンと暗くなるような感覚になるのだ。どうもトンネルを抜けた先に希望を見いだせない。
『雪国』や人々が思い描くトンネルとは、“日常”から“非日常”へとつなげてくれる扉だ。トンネルの向こうに広がる“非日常”な美しい景色に思いをはせる。それに対し私はというと、言うなれば現住所という“非日常”から地元という“日常”へぐいと引き戻されてしまう感覚になるのだ。
現住所を“非日常”? そう疑問に思うのは無理もないだろう。しかし、こう思うのには訳がある。それは、今の住所が、弱い自分が自ら選び取った数少ない道だからだ。
 
数年前から遡って経緯を話そう。大学卒業後、本当は東京で就職したかった。だが、就職
活動ではお祈りメールの嵐。東京の企業はすべて落ちた。唯一内定を得たのが、親から紹
介された地元の企業。入社した後もなんとなく不満を捨てきれず、しぶしぶ働く毎日だった。
「こんなはずじゃなかったのに。東京、願わくば丸の内でキラキラOLになる予定だったのに」何度心の中でつぶやいたことか、数知れない。
 
思い通りのキラキラキャリアを歩めず、納得の行かない就職先になってしまった現状をせめて変えられるのが、一人暮らしだ。そんな結論をふと思いついた。このままへの字顔で会社に往復する毎日はつまらない。かといって、転職して新たな環境に飛び込むのは怖い。
何よりも、あることにようやく気が付いた。自分が自立できていないことに。そう、私は一人っ子として生まれ、両親に何不自由なく物を与えられ、甘やかされて育った。そのためか、あまり自分で決断して、行動に責任を負うことなく生きてきてしまった。進路においても、高校や大学進学、果ては就職先と、親の願望を勝手に汲み取り、その通りに進んできた。なぜなら、親が望む道に行けば、親孝行した気になるし、何よりどの道が最適か考えるのが面倒だったからだ。つまり、他人の心情を伺うことで、無意識に進路を他人にゆだねてしまう無責任な大人になってしまったのだ。
 
そんな私でも、社会人になって自分に違和感を持てるようになった。大学費用と生活費を自分で働いて賄っている学生時代の友人や、将来の予測不可能な時代に備え株や投資信託などで会社の同僚。そんな事やろうなんて考えたこともなかった。いや、今まで気が付こうともしなかっただけかもしれない。様々な人が自分自身の人生に本気で向き合っている。もしかして、「他人任せでいれば、人並みに幸せな人生を歩めるし、なんとかなるでしょ」と考える人なんて私くらいなの? あれ、私結構ヤバいかも。だからこれからは何事も自分で決めて、責任を持っていかなければ。
そんな焦燥感から決意した私が出した初手が、一人暮らしだったというわけだ。そう、連戦連敗の私の今の住処は、そんな自分が唯一勝ち得たトロフィーといっても過言ではない。
ようやく巣から飛び出したひよっこな私だが、今度は地元に帰るときになんだか憂鬱に感じるようになってしまった。地元へと繋がるトンネルを抜けると、何も決めきれなかった過去の自分がそこにいるようで。地元にいると、ふとした時に、自分の決意が崩れて、元の甘えた自分に戻ってしまいそうで。まだ地元が自分にとっての“日常”で、今住んでいるところが“非日常”なのではないか、そんな恐怖に駆られてしまうのだ。
 
地元は影だ。過去の自分を思い出し、後ろめたくなってしまう。まるで心に暗い影が宿っているかのように、私にまとわりつくのだ。だが、まだそんな思考に陥ってしまうのは、自分がまだひよっこ精神を持っている証拠だ。これに気づけたのも、責任持って生きようという決意のもと、自ら選んだ道を進み始めているからに他ならないだろう。責任放棄する人生に戻ってしまうことが怖くても、それすらも過去に自ら歩んだ道として、受けとめてみることが成長に繋がるのかもしれない。そう気づけたから、次トンネルを抜ける時は、今までよりもましな気分なはずだ。今、ほんの少しだけ希望を感じている。
 
 
 
 
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2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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