“美味しさ”の方程式
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:北見 綾乃(ライティング・ゼミ2月コース)
「一番美味しいと思う食べ物は?」と聞かれるといつも困ってしまう。
「これはかなり美味しいぞ!」と以前感じたものを、友人に熱意を込めておススメする。そして改めて一緒に食べてみると、「あれ……そうでもない……?」と首をかしげることが、よくある。もちろん美味しいのだけど、前に食べたときほどの感動はないと感じるのだ。こんなんじゃない、記憶ではもっともっと美味しかったはずなのだ。
なぜだろう。
「それは味オンチだからなのでは……?」
もしそんな風に言われたら、残念ながら全く否定ができない。
私には嫌いなものはほとんどなく、たいていは何でもオイシイ、オイシイと食べられる。メリットも多いが、そのせいで料理が下手くそなんじゃないかとも思っている。
(あ、そんな私でも自分の料理はマズいって感じるんだから、味オンチのせいだけじゃなさそうだってことに書きながら気づいてしまったけど)
つい先日、私の味オンチぶりが疑念から確証に変わるできごとがあった。「プレーンヨーグルトの食味評価」というものをやらされたときのことだ。商品名を隠された4つのヨーグルトを、様々な指標で評価する。味わえば味わうほどよく分からなくなる。酸味でだんだんしびれてくる舌をなだめながら、散々悩んでええいと点数をつけた。
すると、直後の商品名発表でガクゼンとした。評価していた4つのヨーグルトの中に実は二つ全く同じものが紛れ込んでいた。それらをまるっきり違う評価をしてしまったのだ……! 恥ずかしい。穴があったら入りたい。確かにあまりグルメな舌は持っていないとは思っていたが、これで完全にバカ舌決定である。
おっしゃる通り、こんな私のおススメ、説得力がある訳がない。
が、少し待っていただきたい。
きっとそれだけではないと思うのだ。
私達が“美味しさ”を感じるとき、食べ物の味や風味そのもの以外の要素が大きく作用しているのではないだろうか。美味しさを感じるメカニズム全体を“演劇”に例えるとすれば、食べ物そのものの味は“脚本”。もちろん脚本が面白くなければ、素晴らしい劇は生まれない。しかし、どんなに良い脚本だったとしても、そぐわない“演技や演出”で演じられては心底感動させる劇にはならないだろう。それから“観客”。つまり、味わう人の好みやニーズという要素もある。
私がこれまでで「美味しかったもの」を思い浮かべると食べ物そのものの美味しさ以上に、食べたときのシチュエーションが重要なことに気付く。それまでの状況、そのときの環境、すべてがかみ合ってその瞬間に食べたものが美味しく感じたのだ。それがきっと観客を魅了する役者と演出となり、美味しさを完成させるのだ。
私の人生の中で「あれは最高に美味しかった」というベストテンに確実に入るものを挙げると何の変哲もない食べ物が数多く挙がる。
例えばガリガリくんソーダ味。豆腐とねぎの味噌汁。大袋入りチョコレートの一粒。まぁ、いつ食べたって美味しいといえば美味しい。とはいえ普段はそれほどでもないだろう。
しかし、これらは「あの日、あの瞬間」に食べたというシチュエーションを伴って唯一無二のものになったのだ。その瞬間、間違いなくこれらはいつもとは違った顔を見せ、涙が出るほどの至福の味となった。
ガリガリくんソーダ味に最高の味を感じた瞬間はこうだった。
その日、私は生まれて初めて「ウルトラマラソン」というイベントに参加した。ウルトラマラソンはフルマラソンより長い距離を走るというもので、その日は60kmを走り切るチャレンジをしていた。
6月初旬というのにその日は季節外れに暑くなった。朝6時のスタート時、日なたでは温度計が既に30度を示していた。結局最高気温は熊谷で34度を記録したという。暑さにまだ体が慣れていない状況ではより熱中症を引き起こしやすい。大会は過酷を極めた。「よりによって……」と嘆きたくなった。
木陰もない土手の上を延々と走るコース。逃げ水を追いながら淡々と走っていた。
50kmほど走った頃だろうか。太陽も高くなり、暑さがいよいよ厳しくなってきたところで、友人たちが応援にかけつけてくれていた。
「きついね、きついね。分かるよ」
そう言いながら、一人の友人が差し出してくれたもの。それが「ガリガリくんソーダ味」だった。
食べようとしてバーを抜くとアイス本体からスポッとぬけてしまうほど溶けかけている。暑い中待ってくれていたことが分かる。袋から直接口に流し込むことになったが、そのときの幸福感といったら!
冷たい……! 甘い……! 身体にしみる……。
「ありがとう。ありがとう!」
とても「ありがとう」の言葉では伝えきれない感謝の念を、どう表現すればいいか分からないまま、手を振って先に進んだ。視界がにじむのを感じながら、その友人達の暖かい応援に背中を押されてゴールに向けて走った。
暑さでヘロヘロになっていた観客の私に差し出された、優しさの演出。体が弱り、感動を感じるセンサーが過敏になっていた私自身もこの瞬間いわば“スーパー観客”になっていたのかもしれない。
優しさと感謝。恐らくこれが美味しさを格段にアップさせる魔法のソースだ。
私も誰かを元気にする、笑顔にする、そういうことができたらいいなと思う。料理は下手だけれど、食べる相手のことを考え、優しさだけは込められるかな……などと思い、今日もキッチンに立ってみる。
さて、観客達に届くかな? おいしくなーれ。
***
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