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私はずっと「自分がされて嫌なことは、相手にしない」を、勘違いしていたかもしれない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:香月祐美(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
もう一生、あのご夫婦に会えないだろう。
 
私は、ゴールデンウィークを利用して、いつもの様に四国を歩いていた。
四国を歩く度にいろんな出会いがあるが、出会う人に名前を聞くことはほとんど無く、そのご夫婦ともお互い名前を聞き合うことはなかった。
出会った瞬間、初対面にも関わらず、すでに同じ釜の飯を食べた様な親しみを、仲間意識を、感じるのに。
ここでの出会いが一期一会になると、心のどこかでみんな分かっているのかもしれない。
たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、自分の足で文字通り一歩一歩前に進んでいく。
「1日中何してるの? え、ずっと歩くなんて、キツイだけじゃん。一体、何が楽しいの?」
と聞かれるが、数え切れないほどのご縁が、四国巡礼には詰まっている。
 
あのご夫婦との出会いも、たくさんの出会いの一つでしかなかったはず、だけど、私の心にずっと残ると思う。
 
ご夫婦との出会いは、四国巡礼中で泊まった宿だった。
四国にある八十八箇所の寺を、歩く巡礼スタイルのことを「歩き遍路」とよぶ。
一緒になった宿では、透明な板で仕切られた大きなテーブルを囲んで一緒に夕食をとったが、このご時世である。
会話は全く無かった。
巡礼、もとい遍路では、向かう先が同じといえども、歩くペースが違うと、その後会うことはない。
ただ、翌日は船で1時間ほどの移動があったため、しばらくご一緒することになった。
 
歩き遍路同士だと、お互い1日どれくらいの距離を歩くか気になるものだ。
次に泊まる宿が同じだったら、「またあとでお会いしましょう」なんて会話になる。
私たちの場合は、私の方が10キロほど先を行くことが分かった。
10キロの距離は、交通機関を使わない限りそうそう埋められない。
遍路の方法は、車を使ったり、ところどころバスを使うなど様々だが、私たちの場合は、完全に歩きの遍路だった。
だから、船を降りたらもう会うことはないのだろうと思った。
船が目的地に着くと、お互い挨拶をして、車道を歩き始めた。
 
ご夫婦と別れて数日後、私は、車道と、歩き遍路だけが通れる遍路道の分岐点にいた。
車道の方がもちろん歩きやすいのだが、歩道のないトンネルが2キロ弱あり、トラックがすぐ脇を通ると、怖い思いをすることになる。
一方遍路道は、木陰の中の涼しい山道だが、車道よりも距離が長そうだ。
迷ったが、少し前を歩いていた二人組の歩き遍路が、遍路道の方に行くのが見えたため、私もそちらに行くことにした。
……トンネルがある車道で怖い思いをした方がマシだったかも、と後悔することになるとは、つゆ知らず。
 
車道の長さから推測して、3キロほどの遍路道になるだろうと思っていた。
山道を歩いていると、木と木を太めのロープが結んでいて、何だろうと近づく。
ロープが張ってある場所に足を踏み出すと同時に、思わずロープを掴んでしまい、気がつく。
そっか。
そのためのロープなのか、と。
ロープを掴むと、木が微かにたわみ、ロープが揺れ、緊張感が走る。
知らずに二人一緒に行こうとすると絶対危ないし、雨の日は一人でも無理だと思った。
さっき追い抜いてきた歩き遍路二人に「一人ずつ渡った方がいいですよ」と伝えたかったけど、姿どころか声も聞こえないので、はるか後方にいるのだろうと諦めて先に進む。
 
それから、歩けども歩けども……。
山道を抜けられない。
すでに1時間が過ぎていて、思ったよりずいぶん長い遍路道に焦りながら歩き続けた。
やっとこさ車道が見えた時「いやー、車道よりも1時間多くかかって、体力も削られてしまった」と、思わずへたり込み靴を放り出した。
追い抜いた歩き遍路二人とは、その日の宿で一緒になり
「あの道、大変でしたね」
「車道の方を行けば良かった、なんて思いましたよ」
やっぱり、大変だと思ったのは私だけじゃなかったんだ、と思いつつ、苦労を分かち合った。
 
無事、今回の目標地点に到達し、家に帰るためのバスに揺られていると、二人の歩き遍路が乗ってきた。
あ、数日前に宿と船で一緒になったご夫婦だ、と気がついた。
降りる場所が同じだったので声をかけると、ご夫婦の方も私を覚えていた。
ゴールデンウィークで宿がうまく取れず、明日バスで戻って続きを歩くのだと言う。
明日ご夫婦が歩く道には、私が苦労した遍路道がある。
聞くと、車道ではなく、遍路道を通るつもりだと言う。
 
「あの遍路道、行かない方がいいですよ!」
私は、キッパリ言い切っていた。
そして、自分がどれだけ苦労したか、私は思いの丈を語り始めていた。
だって私だけが大変だと思ったのではない、他のお遍路さんも言っていたのだ。
もう間違いなかった。
通らない方がいいに決まってる。
 
そんな、「大変だから、行かない方がいい」という自分の思いを伝え、今度こそ本当の別れとなるだろうご夫婦に挨拶をし、別れた後、気がついた。
なんだろう、モヤモヤする。
これは、何?
 
電車に乗り換え、先ほどのことを思い返す。
自分が苦労したから、相手にも同じ思いをさせたくなかった、ただそれだけだった。
二人で通ろうとすると危なそうな場所もあったし。
 
それに……そうだ、子供の時に教えてもらったじゃないか。
「自分がされて嫌なことは、相手にしないようにしよう」
と。
そんな風に行動したはず、なのに?
なんでモヤモヤしているの?
 
ああ……違う。
私の言動は違ったんだ、と気がついた。
私がご夫婦に対してしようとしていたのは、
自分が嫌だから、相手にもしない
じゃなかった。
自分が嫌だったから、相手にもさせたくない
だったんだ。
 
私は、相手のため、という善意のつもりで「行かない方がいい」と言ったつもりだった。
行かない方がいい、と言いながら「相手の行動を変えよう」としていたのだ。
相手がどんな行動をとるかを選ぶ権利は、私ではなく、相手にあるのに。
私にとっての大変さと、ご夫婦にとっての大変さは、違うのに。
大変、だから行かないを選ぶのか
大変、だから挑戦してみようを選ぶのか
人によって感じるところは違うはずなのに。
 
ご夫婦が、それでも遍路道の方に興味があると、選ぼうとしている選択を、私は応援しようとしていただろうか?
いや、違った。
私は、尊重するどころか、自分のことしか見えていなかった。
善意と思っていたことは、優しさだと思っていたことは、ただの「押しつけ」だったのだ。
だから、「相手のため」と思って言ったことに、こんなにモヤモヤしている……。
 
「自分がされて嫌だから、相手にはしない」と、「自分がされて嫌だから、相手にもさせない」が同じだと、勘違いしていた。
 
「お気をつけて、頑張ってくださいね」の一言すら言えない自分の未熟さに気づかされ、胸がチクリと痛んだ。
この痛みを忘れないように思いながら、私は自分の人生を歩んでいくしかない。
あの道を越え、今もまだ歩き続けているかもしれないご夫婦の旅が、素敵なものになりますようにと願いながら。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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