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曲がり角の家


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:黒﨑良英(ライティング・ゼミNEO)
※この記事はフィクションです。
 
 
先生は、おしゃべりな人であった。
 
“先生”といっても、私の実際の恩師ではない。
単なる知り合いなのだが、その人は長年教壇に立ち続けていた人であり、私はいつも“先生”と呼んでいた。
従って、ここでも、彼のことを先生と呼ぶことにする。
 
先生の最初の赴任地は、山梨県の、富士山の麓の方であった。
今でこそ、観光地として整備されているが、その当時(というから40年ほど前だろうか)は未墾の林がそこかしこにあり、街灯が一つもない道だって珍しくなかったらしい。
先生は、その地方にある学校で教鞭をとっていた。
 
そんな先生から電話が来たのは、まだコロナ禍になる前の、酒の席の帰りである。
 
ある夏に日、夜の9時頃に突然電話がなり、どこそこで呑んでいるから来なさい、という意味の方言が聞こえてきた。
私は、先生も酒の席も嫌いではなかったので、二つ返事で車を出した。
ちなみに私は下戸であるため、大体、帰りの足として使われることが多い。今回もおそらくそういう展開になりそうだと思い、車を出したのである。
 
案の定、居酒屋の閉店後、私は、顔を真っ赤にした先生を家に送り届けることになった。
 
先生のおうちは山側の高台にあり、そこへ行くには、田舎の県の中でもさらに田舎の道を行かねばならない。
何度も送り届けた道のうえ、先生が隣に寝ているのだから、特段なんて事はないが、それでも、街灯が一つもない道を一台の車で行くのは、少々背筋が寒くなる思いである。
 
何回かのカーブを曲がったところで、ふと先生が目を覚ましたようだった。
 
「昔ね……」
 
首を垂れたまま、先生は語る。
 
昔、先生が新任教員だった頃、学校を夜遅くに出たことがあった。
それ自体は珍しいことではないが、その日は、どういうわけか(それは先生も覚えていないらしい。普段の道が工事だったか、生徒の家庭での様子を見に行ったか、とにかく大したことではなかっただろう、という)、普段とは違う道を行ったらしい。
 
そうなると山道を通らねばならないのだが、その山道に入ろうとするカーブの内側に、一軒の民家があった。2階建てのごく普通の家である。
先生はその家をなんの気なしに見ながら運転していたが、近づくと普通ではないことに気がついた。
 
かなりの「オンボロ」なのである。壁はすすけており、窓ガラスもところどころなく、屋根も瓦がはげているところが多々あった。
 
(こんなところに人が住んでいるのか? 空き家ならさら地にでもすればいいものを……)
 
などと考えながら車を走らせていき、いよいよその家の前を通ろうとしたときである。
 
先生は、おや? と思った。その家の2階には道に面して窓があり、そこから人影が覗いていたのだ。
 
(こんなボロい家にも人が住んでいるのか……)
 
先生は変に感心しながらその家の前を通り過ぎる。
 
人影は、まるで見張りでもしているかのように道行く車を、つまり先生の車を、異様に大きな目で、その家から離れるまで睨み続けていたという。
 
(こちらが変に観察するように見ていたから、気を悪くしてしまったかな……)
 
先生は少し申し訳なく思いながらも、それ以降、その道を通ることはなく、オンボロの家もそこから覗く人影も、記憶の彼方へ消えてしまった。
 
そして数年が経ち、先生は学校も変わり、運動系部活動の顧問になっていた。
ある年の夏休み、その部活動で合宿が行われ、久しぶりに以前の学校近くを訪れた。
不意に、あのオンボロの家と人影が、記憶の中から顔をのぞかせた。
先生は、夜、そういえば……と部員の生徒たちにそのことを話した。
 
すると、生徒たちの顔がみるみる青くなっていき、「それは具体的にどんな外見だったか」「それは何年前のことか」など、執拗に聞かれたという。
不審に思った先生は、なぜそんなことを聞くのか、と尋ねると、生徒の一人が言った。
 
「先生、笑えない冗談はやめてくださいよ……その家、一家惨殺事件があった家じゃないですか。先生が見たってときは、事件後間もないときで、すでに人なんか住んでなかったはずですよ……」
 
へえ、と豪胆な先生は、特に恐怖を感じるわけでもなく、そういうことがあったのか、と納得しただけだったという。
 
そして少しいたずらっぽく、生徒たちに聞く。
 
「じゃあ、あの人影は何だったんだろうな? 犯人が家に入るものを監視していたのかね? それとも家族が犯人を探し続けているのかね? どのみち、あれ以上観察し続けていたら、俺もただではすまなかったってこんかね?」
 
生徒たちからの返事はなく、その場はヒヤリと冷たくなったという。
 
そして思いもよらないところで怪談を聞いてしまい、私の背筋も冷えた。
 
「もう、先生、こんなときによしてくださいよ。そろそろ着きますよ」
 
と、努めて明るく、助手席の先生を見る。
 
誰もいなかった。
 
そりゃあそうだ。だって、私は先ほど先生をちゃんと家に送り届けたではないか。
 
では、そこで話していたのは誰だ? 私は今、誰の話を聞いていたのだ?
 
車のスピードを緩める。でも止められない。止めたら、ずっと動かない気がしてならない。
 
車は、街灯のない道を行く。
ヘッドライトが、前方の角にある古びた家を、浮かび上がらせた。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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