メディアグランプリ

親不孝者の消せない留守番電話


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記事:記事:萩原りえこ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
ビーー――。ガチャン。十円玉の落ちる音がする。
「もしもし? お母さんだけど……」
公衆電話からの母の声。
 
大した内容ではなかった。
それは、単なる留守番電話。でも未だ何となく消去ボタンを押せないのである。
私には、10年経った今でも消すことのできない留守電話のメッセージがある。
 
どうしてできないのだろう?
母に対して申し訳ない気持ちがあること。もっと言えば、後ろめたいような気持ちを持っていることは確かなのである。でもきっとそれは、当時の自分の行いを後悔するあまり掘り起こしたくないという思いから逃げているだけなのかもしれない。
こんなに長い間消すことができないと、もし人にこのことを話したら、『それは、よほど大切なメッセージなのでしょうね?』と言うかもしれない。しかしそれには、私は「違います」と答えるだろう。
では、『いつでもそのメッセージを聞き返せるようにしていたいから? 思い出だからかしら?』と問われたら、「それとも違うのです」と返答すると思う。
 
 
当時休職中であった私は、母の看病と見舞いを兼ねて毎日病室へと足を運んでいた。
日課としてそこへ行っていたのにも関わらず、母親が危篤であると知らせが来た時、更に息を引き取る瞬間でさえ、その一番肝心な時に私は母の傍にいることができなかった。
 
それは、いつものように訪れた病室でのことだった。あの前日の夕方のことである。
「りえちゃん、今日はこのままここに泊まって欲しのだけど」と母は私に言った。
 
母がそんな急な頼みごとをするのは恐らく初めてのことだったと思う。
今になって思い返してみれば、あの時きっと母は、あと数時間で自分の命の灯が消えるのを分かっていたと思う。確信していたのだ。
 
「うん、わかった。でも今日は何も用意をして来なかったから。ごめんね。明日は、泊まる支度をして来るから」
母は、ゆっくりと頷いた。
残りの時間で母は、私に何かを伝えたかったのかもしれない。
何かを聞きたかったのかもしれない。
いや、独りが耐えられないほど辛かったのかもしれない。
今となっては、分かる術もない。
 
あの時、突然の母の申し出をよく考えもせずに咄嗟に拒んでしまった。
あれが最後の言葉になるなんて、思ってもみなかった。考えが自分本位で幼稚だった。
母の願いを叶えてあげなかった私は、東西一の親不孝者だという自責の念にずっと苛まれているのだ。
だから消去ボタンを押せない。
消すことのできない留守番電話の“メッセージがあります”のサインが、親不孝者の証なのである。
 
翌朝、病院からの着信音で目が覚めた。
「お母さまが危篤です」
 
 
長女の私は、姉妹の中で一番母と過ごす時間が長かった。
たわいない話しをすることが楽しかった。
さまざまなことを会話する中で色々な言葉を受け継いだ。
母親とは、なんてありがたいものだったのか。
あんなにも私のことを想って、ただで助言をくれる存在は今となってはもう一人もいない。
当時の私には、そういうありがたく貴重な存在ということが少しもわかっていなかった。
 
娘という立場で会話できることがどれくらい幸せな時間だったのか、今こそ気付くことができた。周囲から『○○ちゃんママ』と呼ばれている私が、娘であった時の証があの留守電メッセージなのだ。
 
母という存在は、一番身近であり、将来の目標にしてきた存在であった。
その目標に少しでも近づくために研鑽してきたつもりである。
でもこの先は、何を道標にしていったら良いのだろうか?
かけがえのない大きな存在を失ってしまった。
 
忙しくそして目まぐるしく過ぎる日常の中で、もし、
あの留守番電話の消去ボタンをついうっかり押してしまったら、
もうあの時の母を思い浮かべることができなくなってしまうのではないかという不安が付き纏う。
 
私の記憶の中にあるあの頃の優しかった母の思い出までもがピーーっという電子音と共に消えてなくなってしまいそうなのだ。だからその想いが押すことを遮っているのだ。
月日が流れる中で、今となっては、本当は、母のことを忘れてしまいそうだから躊躇しているのだとやっと気が付いた。
いつの間にか自責の念が自愛に変換されていた……。
 
 
今月1日。私は、母と同じ歳になった。
母はこの先も、いつまででも歳をとらない。
デスクの上の母の写真は、いつまでも若々しいまま微笑んでいる。
その一方で、私はこれからも老い続けていく。
 
鏡に映るそんな自分の顔を今日も複雑な気持ちでまた、まじまじと見つめてしまうのである。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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