チャリンコメーテル
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田盛稚佳子(ライティング・ゼミNEO)
朝の出勤時の楽しみがある。
メーテルに会えるのだ。しかも銀河鉄道ではなく歩道で。
あの黒い服や帽子は身につけていない。もちろん、あの車掌さんも鉄郎もいない。
私が最寄り駅まで徒歩で向かう途中、脇道から突如として現れる。
長い髪をなびかせながら、自転車で颯爽とやってくる姿はインパクト十分だ。
「今日もメーテル、キター!」と一人で心が躍る。
メーテルを目にするようになって少なくとも3ケ月は経とうとしているが、実はその顔を拝見したことはまだ一度もない。
不思議なことに車両を変えて乗っても、電車が終点に到着してホームを歩いていても、なぜかメーテルが私の後ろから来ることはない。常に私の前を歩いている。
ショートボブである私は、失礼かなと思いつつ乗客の3人くらい後方の位置から、まじまじとその姿を観察する。
黒くて艶のある、少しだけシャギーを入れたような感じ。
長さは……、うん、軽くお尻と太ももの境目まではありそうだ。
そして思う。
どうやって、毎日髪を洗っているのかしら? と。
その昔、CMで見ては友人と真似をした「ティモテ」というシャンプーのモデルのような、長く美しい髪。
ポンプタイプだったら、一度のシャンプーでいったい何プッシュすれば事足りるのだろう。
そもそも一度で終わるのか?
詰め替え用は自宅にいくつか常備しておかないと、大変なのではないだろうかと余計な心配をしてしまう。
そして、髪を洗う手順も考える。
片方ずつ洗うのか、頭皮から順番に洗った場合、揉むように泡立てながら毛先までたどり着くには何分かかるだろうと思う。
ちなみに私は以前、自身の髪が鎖骨の下あたりのセミロングだった頃ですら、洗うだけではなく、ドライヤーで乾かすのにもひと苦労していた。
「あぁ、まだ乾かない!」とイライラしたこと数知れず。それでも我慢して伸ばしていた。
コンプレックスから抜け出したかったからである。
実は幼い頃から、髪へのコンプレックスと共に成長してきた。
というのも、私は高校を卒業するまでショートヘアの呪縛から抜け出せなかった。
ショートヘア崇拝主義の親に育てられた私は、ロングどころかセミロングの写真が一枚もない。
幼稚園や小学校でクラスメートの女の子たちが、通園中や登校中に
「今日は、お母さんに編み込みしてもらったの」と言いながら、かわいいヘアアクセサリーを付けてくるのを、どれほど羨ましく、また妬ましく思ったことか。何度指をくわえて見ていたことか。
トイレに駆け込んでは、サルのような短い髪を引っ張り、早く伸びろ、早く伸びろ……と呪文のようにつぶやいていた。
「チカコはショートが似合うから」という理由だけで片付けられることが悲しく、私だって髪を伸ばしてみたいのに……と、子どもながらにシュンとしながら下校したものだった。
そして、小学4年生のときに事件は起きた。
当時、私たちの家族は、銀行の社宅で暮らしていた。社宅は6軒つながっていて、同世代も多く、わりと気さくなコミュニティでもあった。
ただ、2軒となりにいたオジサンがちょっと変わった方だった。
土日になると、部屋の窓を開け放って大音量でクラシック音楽を流すのだ。
ジャジャジャジャーン! で有名なベートーヴェンの「運命」や、聞いたこともない交響曲を休日に、それも長時間に渡って聴かされることの苦痛といったらなかった。
宿題をやっていても、ちょっと昼寝をしていてもお構いなく邪魔される。
毎週のことなので、今で言えばなかなかの騒音問題であり「近所迷惑だ!」と訴えたくなるほどだった。
ある日、そのオジサンが珍しく、うちに回覧板を持ってきた。両親が出かけていたので、私は作り笑いをしながらそれを受け取った。すると、次の瞬間オジサンは言い放った。
「ボク、何年生になったんだっけ?」
私は自分の耳を疑った。
はぁぁ!? 私、オンナなんですけどー!?
ただでさえ、普段から溜まっていたイライラが噴火口を突き破って出てきてしまった。
怒りのあまり、オジサンに何と言い返したか覚えていない。
覚えているのは、二度とこの人としゃべるもんか! と強く思ったことだ。
さらに、その話を聞いた両親も
「あら、男の子に見えちゃったか。黄色いシャツ着てたからじゃない?」
と笑う始末だった。同情してくれると思っていた身内に手のひらを返された気分だった。
そもそも誰のせいでこうなったと思っているんだと、親にも理解してもらえない悔しさと悲しさで、その夜は一人部屋で泣いた。
それから数日、親ともほとんど口をきかなかったし、そのオジサンとは挨拶もしなくなるほど大嫌いになってしまった。
あの時、せめて髪がボブくらいの長さだったら、そんな嫌な思いもしなかったのではないか。
ロングヘアの女性を見るたびに、古傷がチクリと痛んでいたのは、あの「ボク」事件がきっかけだったのかもしれない。今回、文章にして改めて自分の内面に気づくことができた。
チャリンコメーテルは、今後も私の前を歩き続けるのだろう。
髪を一つに結ぶことなく、ふわりと風になびかせながら、そしてその黒髪に映えるパープル系やピンク系のトップスを身につけて、颯爽と歩いていく。
羨ましいなと思うが、もう今の私は、古傷がチクリと痛むことはない。
実は「前から見たらあのメーテル、女性じゃなかったー!」なんていうオチが、たまに頭をよぎることがある。なぜなら、まだ前から見れたことがないのだから、そんな可能性もゼロではないだろう。
その時は、ぜひまたここで報告ができたらと思っている。
休みが終われば、チャリンコメーテルに会えるかな。
そう思うと、日曜夕方のブルーな気持ちも昇華されて、翌日へのエネルギーとなるのだ。
ありがとう、メーテル。
いつか真正面から顔を見て、お礼を言えたらと密かに思っている。
こうして、話したこともない人が私を元気づけてくれるように、これを読んでくださっているあなたも、実はどこかで誰かを元気づけているのかもしれない。
そうだとしたら、どこか一つでもいい。ヘアスタイル、胸をはること、背筋をピンと伸ばして歩くこと。それを目にした誰かが、「おっ! なんかいい感じのひとがいるな。今日も元気だな」と思ってくれたら、それはあなたのファンが一人増えたことになるのである。
***
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