メディアグランプリ

ネコバスになった元彼


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記事:平井 理心(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
彼女には幾人もの元彼がいた。その数はおそらく両の手ではおさまらなかった。そのほとんどがシングルマザーになってからの恋だったそうだ。
結婚が早すぎたのだろう。彼女は学生結婚だった。もう少し、自分を知り、男を知り、社会を知ってからの結婚であれば、それなりの人を選び、それなりの結婚生活を続けられたのかもしれない。そうすれば、穏やかな人生を過ごせていたかもしれない。DV、貧困、救急搬送、生死の境……韓国ドラマのような波乱万丈の人生だが、彼女はそれをしっかりと味わっているようであった。
 
彼女の元彼は多種多様だ。運転手、公務員、医師、造園業者、銀行マン、サッカー青年、物創りの人、土地買収する人、営業マン……。彼女は付き合った男性たちから、仕事の話をきくのが好きだった。ちなみに、彼女の仕事は臨床心理士だ。病院で多くの患者さんや職員の悩み相談を請け負っている。その相談者から自身の仕事内容をきくことも多かった。けれど、心理士を相手にするより、恋人を相手にする方が、男性たちは雄弁にそして細部にわたり、自分の仕事を語るのであった。
 
彼女にとって、それぞれの業界の仕事内容やお作法等は知らないことばかりで、驚きがあった。その専門性や仕事へのプライドを見出すことができた。大変な仕事でもしっかりと向き合っていく姿にはリスペクトがあった。そして、その仕事に対する彼らの語りは、働きながら子どもを育てる彼女へのエールとなっていた。そこに多少の嫉妬もあったが。
 
彼女が小学生の2人のこどもをかかえたシングルマザーになったのは、もう15年以上前になる。そのとき彼女は、地方自治体からの援助をうけていた。その援助金は、収入によって金額が決まっていた。前年の収入がゼロであれば満額(おそらく月20万円くらい)、収入が増えればその金額は下がるという制度だった。
 
シングルマザー1年目は満額をもらった。それから、彼女の頑張りによって、派遣社員から任期付きの職員と職場での待遇は上がっていった。お給料も上がっていった。しかし、援助金は下がっていった。いつしか、微妙なラインにきた。仕事を抑え、援助金を受け取る方が、全体の実入りが多いというライン。生活は決して余裕があるわけではない。実入りは1円でも多いに越したことはない。「今」だけを考えれば、仕事を抑える方がよかった。
 
そのとき、彼女を「未来」に導いてくれたのが、元彼たちの語りだった。自分の仕事について熱心に語っていた。愚痴もあったが、それも彼女にとっては羨ましかった。「私も、あんなふうに語ってみたい。語れるような仕事がしたい。そうして、この社会で生きていきたい!」と、彼女は強く思った。
 
それから、彼女は迷いなく働いた。すると、実入りが減った苦しい時期は、一瞬にして過ぎ去ったように感じた。いつしか彼女は援助金なしで、育ち盛りの子どもを2人抱えながら、生活できるようになっていた。
 
あの時の元彼たちの語りを思い返し、「ネコバスみたいな存在だった」と、彼女は言う。あくまで「元彼」なのでリアルではない。でも、困ったときに自分を目的地まで導いてくれた。それが、アニメ『となりのトトロ』に登場した、あの「ネコバス」に似ているのだと言う。みんなにはリアルに見えない。でも、主人公のさつきが困ったときに現れて、妹のめいのところに連れて行ってくれた。お母さんの病院までも連れて行ってくれた。そんなネコバスと元彼を重ね合わせ、彼女はちょっぴり、はにかんでみせた。
 
後に、こんな時にもネコバスは現れた。
彼女が血のにじむような努力をし、資格や認定をとり、専門職となって活躍していたときだ。日本全国から声がかかるほど大活躍するも、職場において彼女は昇格しなかった。しかも、総合職の後輩男性たちの方が、どんどん出世していった。簡単なことだ。彼女の仕事は特別過ぎて前例がなく、上司たちは彼女の仕事に対する評価ができなかったのだ。出世していく後輩たちを恨めしく思いだしたとき、彼女の前にネコバスが現れた。
 
元彼には、役職が付かずとも、自分の仕事を楽しんでいる人が何人もいた。自分の仕事の意味をよく理解していた。人の為に役立っていることを分かっていた。周りの評価に関係なく、自分の仕事に誇りをもっていた。「わたしもそうでありたい。どんなときも誇り高く生きていく!」と、彼女は自分自身に誓った。
 
その一件から、彼女は一皮むけたようにみえる。辛いこともあるが、愚痴をこぼすこともあるが、それなりに楽しんで仕事に取り組んでいる。「わたし、仕事が好きなの」と、満足そうに顔をほころばせる彼女をみていると、「彼氏が長続きしない理由はそこにあるんだよ」とは口が裂けても言えない。
 
彼女は今、望んでいることがある。ささやかな望み。それは、自分も元彼の「ネコバス」になっているということ。ふいに「理心も頑張っていたもんなぁ」と、思い出し、それが励みになるような存在。幾人もいた元彼のうち一人でもいい、そういう存在になれていればいいなぁと思っている。
 
 
 
 
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2022-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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