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美味しい記憶、呼び覚まします


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:横井マリ(ライティング・ゼミ特講)
 
 
食べることを忘れたことはあるだろうか?
何かに夢中になっていて、あまりに忙しすぎて、気づいたら食事を摂りそこなっていたという経験のことではない。食べ物を口に入れて噛み砕き、飲み込むこと。食べる動作そのものを忘れたことはあるだろうか?
今、私の目の前では、まさにその『食べることを忘れた』状況が繰り広げられていた。
 
原因不明の吐き戻しが続いて入院していたH様が退院し、私が働くデイサービスに約1か月ぶりに帰ってきた。嘔吐の原因は誤嚥性肺炎とのこと。誤嚥性肺炎というのは、食事などの際、食道ではなく気管の方へ食べ物が送り込まれてしまい、その異物が原因で肺炎を起こす病気である。
H様は誤嚥せずに飲み込めるようになったということで、無事、退院されたのだが、帰宅後初の自宅での食事時、噛み砕いては吐き出すばかりで食べられなかったとのことだった。
 
食事が摂れないとは、由々しき事態である。
 
高齢者に必要な栄養について諸説あるが、私が研鑽を積んだかつての職場では、一日1500kcalと1500㏄の水分摂取が必要とされていた。しかし、高齢者は低栄養・脱水に陥りやすい。高齢者の多くが、硬いからと肉や野菜を避けたり、お腹が空かないから、喉が渇かないからと、食生活が乱れがちだからだ。結果、低栄養や脱水になり、それが認知機能の低下を招いている。
 
H様が水分は摂れるため、すぐさま命に危険が及ぶような状況ではない。とはいえ、食べた物を吐き出している原因を早く突き止めなければ。他のご利用者様も同じテーブルで食べている。見た目にもあまりよろしくはない。とりあえず、食事をしながら観察してみることにした。
 
「いただきま~す」
職員の合図で各自一斉に箸を持ち、食べ物を口に運んでいく。H様もご飯茶碗を手に白米をつつき、口に運んでいる。特に問題はなさそうだ。5分ほど経ち、あることに気付いた。H様、飲み込む際に、必ず水分を口に含んで飲み込んでいるのだ。それが数回続き、やがて手が止まってしまった。
「Hさん、もう食べないの?」
「あんまり食べると戻しちゃうと嫌だで」
認知症が顕著なH様だが、吐き戻し続けた日々の気持ち悪さは記憶に残ってしまったようだ。
「これちょっと味見してみて」
Hさんにあーんと口を開けてもらい、一口大に刻んだシュウマイを入れてみる。カミカミ、モグモグしている。そろそろゴックンのタイミングだろうと思った頃、H様は味噌汁に手を伸ばし、汁を口に含んでゴックンした。試しに、もう2回、味見と称して刻んだおかずを食べてもらったが、全て同じ要領で飲み込んだ。そうだ、そうに違いない!
食べ方を忘れてしまったんだ!
 
高齢者に必要な栄養について学んだ際、テキストに『食べ方を忘れてしまって食べられなくなる場合がある』という記述があった。そんなこと、あるわけがない。人も生き物である。食べたいという欲を本能的に持っているはずだ。それがなくなるはずがない。
私が大事な愛猫を亡くし、目が開かなくなるほど泣き、食事も喉を通らなくなった時。このまま食べないで死んでやろうと思った。けれど、数日後、空腹に負けて食べることになった。人が生き物である限り食欲は沸き、食べたいと思う限り、悔しいけれど人は生きられるのだと思った。だから、人が生き物である限り、食べ物の食べ方を忘れるなんてことがあるわけがないと思ってきた。
 
だが、目の前のH様を見る限り、明らかに食べ方が分からなくなっているが分かる。
人が物を食べる際、口の中でカミカミと噛み砕き、それをモグモグと唾液と混ぜ合わせて飲み込みやすいサイズにまとめ、ゴックンと喉に送り込むのだという。この時に大活躍しているのが舌で、舌が食べ物と唾液を混ぜたり、塊をまとめたり、喉に送り込んだりする動きを担っている。H様の場合、唾液を混ぜて塊を作る動き=モグモグができなくなっているようだった。だから、口の中でバラバラになった食べ物を喉の奥に送り込むには、水分で流し込むしかないわけだ。さらに言えば、歯は噛み砕くだけでなく、塊を作る際に城壁のような役割を果たしているらしい。H様、修理中で入れ歯も無かった……。
 
なぜ塊を作れなくなってしまったのか。原因は定かではないが、まずは舌の動きを鍛える口腔体操を試みてみたいと思う。それから、モグモグを思い出す、あるいは教えていく必要があるだろう。娘が赤ちゃんだった時のことを思い出す。モグモグなんて、どうやって教えたんだっけ?
 
娘の離乳食を進めていた時、固形物が嫌で口に入れた食べ物を吐き出してしまうのを、どうやって食べさせ、克服してきたのか、もうさっぱり思い出せない。けれど、苦手な味や食感の違和感を乗り越えられたのは、食べて喜ばれることが嬉しくて、食事の時間が楽しかったからじゃないかと思う。H様が食べたいと思える食空間づくり。さあ、介護員の腕の見せ所である。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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