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『父の詫び状』を読み返す


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記事:スズキヤスヒロ(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「乗客名簿のなかに、K ムコウダの名前が確認されています」
1981年8月に台湾でおきた『遠東航空機墜落事故』。
その一報をつげる、ラジオニュースの男性アナウサーの声を、いまでもはっきり覚えている。
 
それから数年が経ち、予備校で受験した模擬試験で、短いエッセイと出会った。作者が不本意にガス中毒となり、死の淵から生還するまでを描いた短いエッセイだ。不条理な導入とサスペンス、そして、衝撃の結末…… 試験そっちのけで何度も読み返した。
 
問題文の最後に、向田邦子作「消しゴム」、と出典が書かれていたので、書店に立ち寄って『向田邦子』の書籍を探した。そして、平積みになっていた『父の詫び状』というエッセイ集を買った。
 
作者の家族についてのエッセイで、なかでも、暴君の父は強烈に描かれている。
でも、彼女が描く父は、最近のニュースに出てくるような『DVおやじ』とは違う。そこには、『威厳を保とうとする父』の家族への深い愛が溢れている。
 
いまでは死語となっているが、かつて『地震、雷、火事、おやじ』という言葉があった。向田邦子の父親に限らず、父親というのは、それほど『恐い』存在であった。それは、家を治める長としての威厳を保ための『恐さ』でもあった。
作者自身もなにかの記事で述べていたが、あの頃の日本には『情』というものがあり、それはべつに特別なことではなかった。そして、その中心にあったのが『父親』だった。
 
向田邦子が『父の詫び状』で描いていた、戦前・戦中の日本は、その後の高度経済成長を経て、あっという間に世界を席巻するまでになった。
高度成長期、日本の企業は『年功序列と終身雇用』が当たり前だった。会社は大きな家族のようなもので、社宅の提供、手厚い福利厚生などで従業員のみならず、その家族までを支えた。
父親はひたすら働き、それを家族が支える。雇用は保障され、収入は年齢とともに上がっていく。戦前からの父親を中心とした家族の姿は、しっかり引き継がれていた。
だが2000年以降、三洋電機、シャープ、松下電器…… 日本の経済を支えてきた家電産業は衰退していった。日本の『お家芸』の自動車産業も大転換期をむかえている。2018年に開催された、世界最大級の家電見本市CESで、トヨタの豊田章男社長は『自動車会社であることをやめる』と宣言した。
 
つまり、これまでの日本を支えてきた産業をめぐる環境が、急激に変わっている。
 
年功序列は消えつつある。2019年に日本経済新聞が企業経営者100名を対象にしたアンケートで、7割以上の経営者が『年功序列の見直しを検討している』と答えた。終身雇用制度も同様に崩壊していく方向にある。同じく2019年に豊田章男社長は『終身雇用を維持するのは困難だと感じている』と述べている。
終身雇用はおろか、雇用のありかたが激変している。『父の詫び状』が出版された1978年から現在までに、非正規雇用の割合は2倍となり、現在では全雇用者のうちの約4割が非正規雇用となっている。
 
戦前からの『父親を中心とした、日本型の家族のかたち』は、消えつつある。
たとえば、つい最近まで『サザエさん』一家は、ごく一般的な日本家庭だった。
『サザエさん』が世に出たのは1950年代、それから半世紀を過ぎても、『サザエさん』の家族構成や個々キャラクターデザインは世間とズレなかった。
だから、多くの人々が、『サザエさん一家』に自分や家族を投射することができたので、広い共感を集めることができた。
 
だが、『サザエさん』のモデルは、自体とズレはじめている。
 
設定年齢が54歳の波平は、いつリストラされてもおかしくない。カツオやワカメはまだ小学生なので、教育資金を考えると早期退職を真剣に検討するべき年齢だ。今後のことを考えると、フネは専業主婦をやっているわけにもいかず、パートに出ることになるだろう。
ちなみに波平は、昭和の父親のように、カツオを怒鳴りつけたり、ゲンコツを落としたりしていたら、学校の教師や付近住民から虐待として通報されてしまうかもしれない。
マスオさんは、設定では28歳なので、そろそろ転職を視野に入れる年齢だ。2世帯同居なので、もし波平がリストラされたら、マスオさんが残りの家族を養っていかなければならないかもしれない。そうなると、まだ若い『サザエさん』は出産も終えたので、タラちゃん保育園に預けて、働きに出ることを考えるだろう。
 
向田邦子が描いた、『サザエさん』一家のような、かつての典型的な日本の家族のすがた、に戻ることは、難しいだろう。
私たちは、新しい家族のありかた、を考える時期に来ているのではないか?
 
家族とはなんだろう?
 
家族は企業でも学校でもない。
売上や、テストの成績などの『評価』はない。
親は親だし、子供は子供だ。
 
特に利害関係者ではなく、無条件にただ存在する。
 
『ただ存在することを認める』
 
それが家族の基本的なすがたではないか?
 
どうしょうもない父親でも、父親だ。
もし、法的に父権を消滅させられたとしても、父親の存在自体は変わらない。
 
若い頃、ミラノに行った。
イタリアの友人と食事しているときに、自分は知らない人が通りかかった。
全員が「チャオ」と挨拶していたが、自分は『知らない人だから』と、挨拶しなかった。
そしたら、それまで温厚だった友人に真剣に叱られた。
 
「なんで、お前は挨拶できないんだ!」
すごい剣幕で迫られた。
「いや、おれ、あの人のこと知らないし……」
「な に い っ て ん だ!
みんなが挨拶したろ。ってことは、あいつは俺たちの友達だ。
ってことは、お前の友達でもあるだろう!」
 
彼の言葉が深く刺さった……
 
『そうか…… この国では、みんなファミリーなんだ。
だから、突然に現れた東洋人の自分でも、前からの友人のように扱ってくれたんだ』
 
ファミリーって…… 『イタリアマフィア』だけのことかと思っていた。
 
『友達の友達は、自分の友達。だから、挨拶する』
これって、そんなに難しいことではないと思う。
 
でも、こうしてもらえると、見知らぬ集団のなかにいても『自分は存在していいんだ』と思える。気持ちが楽になる。
それは、家族のようなもの。
特に、なにかをしなくてもいい。
 
向田邦子が、もし今の日本をみたら、どんなエッセイを書くのだろう?
どのように社会を切り取ってくるだろう。
 
その声が聞きたくて、『父の詫び状』を何度も読み返している。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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