土曜の朝はホットケーキに限る
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記事:大江 沙知子(ライティング・ゼミ2月コース)
「明日、ごはん炊く?」
「いや、いい」
「わかった」
金曜の夜になると、このやりとりを毎週繰り返している。
わが家の土曜日の朝ごはんの定番はホットケーキである。夫がきちんと材料を量り、タイマーを使って時間を計り、丁寧に焼き上げてくれるのだ。
『なんて几帳面なんだろう』
と私は常々思っていた。私の料理は大雑把で、たいてい焦げるか味が薄いかだから、夫はひと口食べるなりため息をつく。そんな私が、手塩にかけて彼が「育てる」ホットケーキに手出しをするなんておこがましい。だから私はホットケーキが焼き上がるまで、いつもただ見ていることにしていた。
≪土曜の朝はホットケーキに限る≫
この習慣が始まってもう1年ほどになるだろうか。さすがに毎週ともなると、実はちょっと飽きがきている。どうせ手間をかけるなら、オムレツとか、フレンチトーストとか、そういうものもたまには食べたい。
あるいは、同じホットケーキでも、ホイップクリームとイチゴを載せてハワイアン風とか……いや、それはパンケーキというのだっけ。違いはよく知らないけれど。
霞みがかった寝起きの頭に、甘い香りが漂ってくる。焼き上がりを待つ間に、ふとこんなことを思いついた。
≪夫婦関係はホットケーキのようなものだ≫
ホットケーキを作る様子を思い浮かべてほしい。
小麦粉、卵、牛乳……全く性質の異なる材料が混ざり合い、一緒に生地を作る。生地が濃すぎたり、薄すぎたりすれば焼き上がりに支障が出るから、材料のバランスは大切だ。
ひょっとして夫婦だって同じことではないのか。
赤の他人だった男女がたまたま出会い、どういうわけか一緒に時を過ごすことになる。そんな2人の関係が成立するには、バランスが大事ってわけ。
そうして出会った男女がヒートアップしてくると、ふつふつと恋愛感情がわき出てくるようになる。少しずつ、少しずつ、その感情に火を入れていくうちに、徐々に「結婚」というイメージが形作られる。ここが正念場だ。急ぎすぎては生煮えだし、慎重すぎれば焦げ付く。絶妙なタイミングで、2人の関係をひっくり返す必要があるのだ。
そう、「恋人」から「夫婦」へと。
緊張の一瞬。果たして、べチャッとつぶれるのか、真っ黒焦げか、あるいは――?
えいやっ!と生地を返す。
お見事、黄金のゴールイン!
そんなわけで成り立つのが夫婦ってもんだろう。
『だけど、そこで終わりってわけにはいかないんだな、これが』
無事にひっくり返して安堵したのもつかの間、ここからがまた波乱の始まりだ。幸せの絶頂を過ぎれば、毎日、毎日、現実を重ねていかなければならない。
望んで夫婦になった2人でも、いつ何時も円満というわけではないだろう。ぶつかり合って黒焦げに燃え尽きる日もあれば、お互いに不満を溜め込んでベチャベチャの生焼けに終わる日もあるだろう。
しかし、そうやって幾多の失敗を繰り返し、毎日を積み上げていく。それは、1枚1枚微妙に違う表情を見せるホットケーキを重ねていくのと似ているかもしれない。
さらに、場合によっては、夫婦の毎日にはさらなる波乱が加わる。
例えば、
「わたしもホットケーキ作りたーい」
子どもが生まれ、そう言われた日には悲惨だ。卵を握らせればたたき割り、泡だて器を持たせれば粉をまき散らす。朝から大掃除の始まりである。その挙句、フライパンに流し込んだ生地はぐにゃぐにゃ、でこぼことムラのある焼き上がりだ。子どもの存在によってそれまでの夫婦の日常は一変する。
ここで私は夫の視線を感じた。几帳面な彼が目に見えて爆発しそうになっている。
『……?』
はっと意識を現実に引き上げ、私は慌てて戦場と化したキッチンに介入した。
「はい! あったかいうちに早く食べて」
子どもを椅子に座らせ、目の前に皿を置く。ふう、ふうと大げさに息を吹きかけながら、子どもがホットケーキをつつき始めると、ようやくひと安心である。
静けさを取り戻したキッチンでは、夫が几帳面に時間を計りながら、再びホットケーキを育て始めた。そして――
「はい、どうぞ」
とん、私の前に置かれた皿の上で、湯気を立てるホットケーキ。ありがとう、とつぶやいてバターとハチミツを落とすと、トロトロに溶けた。
そうそう、これ。
昔ながらの、ハチミツの優しい甘さが好き。
ほんの少しだけ隅っこが焦げて、カリカリになったところが好き。
いつもと変わりばえしないけれど、どこかほっとさせてくれるあたたかさが好き。
多少の波乱はあっても、「おいしいね」と家族で笑顔になるこの瞬間が、やっぱり好き。
≪土曜の朝はホットケーキに限る≫
そういえば、いつか私が「週末にホットケーキを食べたい」と言ったから、この習慣が始まったんだっけ。それを律儀に守り続けてくれている夫には頭が上がらない。
偶然の出会いから夫婦になった私たち。黒焦げの日も、生焼けな日もあった。そしておそらくこれからも、そうやってホットケーキのような毎日を積み上げていくのだろう。
『しばらく、土曜の朝の習慣は続けてもらおうかな』
わが家は今朝も、ハチミツとバターの幸せな香りがした。
***
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