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旅の恥はかき捨てられない?

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:黒﨑良英(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「旅の恥はかき捨て」とはいうが、その実、傷は浅からぬ場合が多い。
 
10年ほど前だろうか、私が働き出してまだ間もない時期だったと思うが、毎年ほぼ恒例で、夏の京都に旅行に行くことになっていた。
父と母と私、そしてまだ嫁いでいなかった妹の4人だ。
 
その年は、ちょっと足を伸ばして、嵐山の方に行こうということになった。
詳しい道のりは覚えていないが、確か「嵐電」と通称される「京福電気鉄道嵐山本線」の電車に乗った。
 
そこで、そう、ずばり電車の中の公衆の面前で、私は「やってしまった」のである。
 
この旅には個人的にもう一つ目的があった。
新たに入手したスマートフォンに付属している、ワイヤレスイヤホンを使おうと思ったのだ。
旅のお供に小粋な楽曲を聞く小粋な私、しかも(当時は)小粋なワイヤレスイヤホン。
あ、やべえ、ワシかっこいい! という状況を味わってみたかったのである。
しかもこのスマートフォン、緑色のツインテールが特徴的な電子の歌姫とのコラボ商品。
さりげなく出して、分かる人には分かる逸品である。
何でも、都会ではこれを買い求めるために長蛇の列ができたが、手に入れられたのはごく僅かだったとか……さもあらん、これ、世界で3万9000台しかないのだから。
 
閑話休題。
 
とにかく、私はこのイケてるスマホを使って、イケてる付属ワイヤレスイヤホンで、イケてるアニソンを聴きながら、イケてる旅を満喫しようと思ったのである。
 
そして実行したのである!
 
さて、ここで賢明なる読者は大体のオチが見えたと思う。
私はいざイヤホンを耳にかけ、音楽を鳴らした。
周りの雑音が強いせいか、少し聞き取りにくい。
音量を上げる。
普段ならば、私も加減をしただろう。だが、私が耳にかけているものは何か? イケてるイヤホンである。ならばよし! 問題ない。
私は思いきってボリュームを上げ続けた。
 
すると、横から母がたしなめる。
さすがに音漏れがしていたか、と思い、一旦再生を停止する。
 
そこで、はたと気がついた。
リンクしているBluetoothのマークが付いていないのである。
これが意味することはただ一つ。
ワイヤレスイヤホンとスマホ本体が、つながっていなかったのである。
 
つまり、私に聞こえていた音楽は、スマホ本体のスピーカーから流れた音で、つまりは、音漏れどころではなく、外部にダダ漏れだったのである!
 
それに気付いたときの私気持ちが、皆さんに想像できるだろうか?
もうその場で転げ回りたくなるぐらい恥ずかしかった。
何せ聞いていたのが、コテコテの二次元アイドルソングである。アイドルをマスターするシンデレラたちのソングである。
 
その日、一日中、私は努めて平静を装っていたが、その実、身もだえし続ける一日だった。
 
今一度言おう。
「旅の恥はかき捨て」という。
いや、かき捨てられるわけがない!
もちろん、その場にいた人と、私は今後一生会わない自信がある。が、そんなことは問題ではない。そのときの状況が、恥ずかしいことをしたという事実が、私を身もだえし続けさせるのである。
 
一体、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」などと、誰が言い出した言葉なのか。
確かに、ある程度の真実はある。
しかし、私はあのときの恥ずかしさを思い出して、(とっくに10年くらいの月日が経っていても)当日のように身もだえして畳の上をローリングしてしまいたい衝動に駆られる。
 
考えてみれば、人の感情・感覚というのは、時が経てば忘れられるものでもない。
大けがをしたときの痛みや、注射をしたときの痛みなど、思い浮かべれば結構正確に思い返すことができる。
 
だからこそ、子どもたちは注射を嫌がるのではないだろうか。
あの痛みをもう一度想像し、再現し、恐怖におののくのではいだろうか。
 
いや、まあ、痛みは痛みで仕方ない。中には不可抗力というものもあるし、如何せん物理的なことなので、実際に味わう痛みには、想像のそれは遠く及ばないはずだ。
 
が、恥ずかしさは別だと思う。
 
恥ずかしさは、思い出すとともに、その周囲の関係ない出来事までも引き出す。
連鎖的にあれもこれもと、恥ずかしい過去が次々と出てくる。
しかも一つ一つが誇張されている感がある。
 
時が経つにつれて、恥ずかしさはなお熟成されるようだ。
思い出してほしい。若いときのあんなことやこんなことを。中二病に罹患していたならば、なおさらだ。
いわんや、旅先であることに何の慰めがあろうか。
 
私はこれからも、あの旅先での恥を、忘れることはないだろう。
そして身もだえするのだ。
 
しかし、それも我が人生であろう。
某文豪が「恥の多い一生を送ってきました」なんて言っているが、リアルタイムで送っている身としては、もはや慰めにもならぬ。
 
きっと、まだまだ私の知らないところに、“何か”が待っている。
そこで私はまた、恥をかく。
覚悟なぞできていない。ただそのときそのときを、粛々と赤面のもとに過ごすだけである。
 
まあその時は、人気の無い家の畳の上で、のたうち回るとしよう。
 
ああ、恥ずかしい恥ずかしい……と繰り返しつぶやきながら。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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