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人はなぜ生きるのか 人はなぜ小説を読むのか

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:九條心華(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「小説は読んでも意味がない」
いけばなの師がそう仰った。
「どうしてですか?」
その発言に驚いて、すぐに質問した。
「安岡正篤がそのようなことを書いていて、それもそうだなと思っている」
安岡正篤(やすおか・まさひろ)は、昭和の陽明学者で、政財界のリーダーを啓発し、その精神的支柱となった人だ。佐藤栄作首相から、中曽根康弘首相にいたるまで、昭和歴代首相の指南役をつとめ、三菱グループ、東京電力、住友グループ、近鉄グループなど、昭和を代表する多くの財界人から師と仰がれた存在だ。平成の元号の考案者でもある。
その安岡正篤の著作を読んでいらっしゃる先生にとっては、小説を読むよりも、中国思想について読むほうが有益だということだった。
確かに仰る通りですが……。
私は納得ができずにいた。
「小説は所詮つくりものだから。実際に生きた経験を書いていることの方が、重みがある」
先生はさらにそんなことをお話しになった。
 
私が、いけばなの本当のおもしろみを教えてくれたのが、この先生だった。ただ美しくいけるだけがいけばなではない。いけばなで、陰陽五行をあらわしていて、いけばなのかたちや色、水の中に置かれた石や、置かれた空間、すべてに意味があるということを教わった。
そのことを知ったとき、私は今までしていたいけばなは何だったのかと目から鱗が落ちた。
きれいに感覚でいけていたのは、いけばなではなかった。いけばなって、こんなに奥深くおもしろい世界だったんだと感動した。
いけばなの意味を私に初めて教えてくださった恩師が、小説に意味がないと仰ったので、とても考えさせられた。
 
本当に、小説には意味がないだろうか……。
 
例えば、身近な人が突然交通事故で亡くなったとしたら、それは到底すぐに受け入れられるものではない。なんでその人が今死ななければならなかったのか、やるせない気持ちに襲われる。神に召されたとか、この世の役割を終えたからあの世に逝ったとか、定められた寿命だったとか、人は物語をつくって、受け入れがたい死という事実を理解しようとする。実際に神様がいるかどうかもわからない。この世の役割というのがあったのかどうかも、あの世というものがあるのかどうかも、定められた寿命というのがあるのかどうかもわからない。
でも、そういうものがあったほうが、受け入れられる。
 
そんなふうにして、人は物語を紡ぐ。
人間というものを理解するために。
 
トルストイの「人はなぜ生きるのか?」を読んだときは、ちょうどつらい時期だったと思う。私は生きる意味が知りたかった。一緒に住む夫のことが理解できない。私の気持ちをわかってもらえない。でも何も言えなかった。どうしたらいいのかわからない。誰にも相談できずにいた。
 
「人はなぜ生きるのか?」はロシアの民話で、もう寒くなっていた秋に、貧しい靴職人が礼拝堂で裸の人間と出会うところから始まる。コートを着ていても寒いのに、真っ裸の人間がいる。いかにもおかしい光景だ。おそろしくなって、素通りしようとしたけれど、良心がうずいた。その人に自分の着ていたコートを着せてやり、持っていた長靴を履かせてやって、家に連れて帰った。その不思議な人は、靴職人の仕事を手伝い始めた。彼はすぐに仕事を覚えていい腕だったので評判になった。
 
ある日、大金持ちの地主が、上等な皮を持ってきて、長靴をつくってくれと言う。その不思議な人は仕事を引き受けた。が、注文された長靴ではなく、スリッパをつくってしまった。靴職人は、なんてことをしてくれたんだと彼を叱ろうとした矢先に、思いがけないことが起こって、長靴が必要でなくなって、そのスリッパが必要になった。
 
その不思議な人から、靴職人は3つのことを教えられる。
人には何があるのか。
人に何が与えられていないのか。
人はなぜ生きるのか。
 
人は自分の肉体にとって何が必要かということを知る力が与えられていないという。自分のことがわからない。人のことのほうがまだ客観的に見ることができる。ただ、人の気持ちを推測することはできても、完全にわかることはできない。自分にとって何が必要かをどうしたら知ることができるのか。人と接して、人との対話の中で、自分にとって必要なことがわかっていくものなのかもしれない。そして、生きる意味も。
 
先日、作家の高橋源一郎さんがこんなことを仰った。
子どもは愛されるために言葉を覚える。お母さんが喜んでくれるから、言葉を発する。そうやって、人とコミュニケーションする手段として言葉を習得していく。
大学で授業をするときに、90分黙ってみたという。教壇に立ったまま、一言も発しない。授業になっていない。でも、目の前の学生から何も言われなかった。どんなにその時間が無意味だと思っても、学生は何も言えないのだ。1人だけ手を挙げて、「先生どうしたんですか?」と言う勇気がない。先生に怒られたらどうしようと思う。奴隷になっている。先生がそうするなら、何か意味があると思ったという。
「意味なんてないよ」
高橋源一郎さん自身、90分も何もせず黙っているなんて、相当苦痛だった。そこで、疑問に感じて、「なんで話さないんですか?」と尋ねる学生が一人もいなかった。もしいたとしたら、そこから対話が始まる。
 
きっと、学生の皆が、なんで先生は黙っているんだろうと思っていたはずだ。誰が沈黙の時間に意味を持たせるのか。先生が考えた意味に従うのは、指示待ち人間になってしまう。その場に流される。誰かの意味ではなくて、自分で思う意味を持っているのかが大切な気がした。自分で意味を見出すことが、ものごとを理解していくということなのかもしれない。
自分のすることの一つ一つに、自分で意味を見出してする。その積み重ねが、自分を生きることになるように思う。
 
人はわかることができると思うから苦しむのだと、高橋源一郎さんは言う。人は全知全能ではない。わからないことだらけだ。文学の根本は、人間はわからないということだ。自分のこともわからない。相手のこともわからない。人と人は悲しいけれど、わかりあえない。わかってほしいと思うけれど、相互理解不可能である。そのことを受け入れたときに、初めて
理解する可能性が生まれる。わからないことをわからないままおいておくのが、人間の根本にあって、それが文学のベースになっているという。
 
小説に意味がないと言われたけれど、やはり私は小説には大きな意味があると思う。
トルストイは、一部の人だけでなはく、すべての人に理解されるために簡素な表現で、わかりやすく書かねばならないという主張のもと、1年にわたって何度も推敲を重ねて、「人はなぜ生きるのか?」と書いた。
 
わかりやすく人に伝えるには、物語が必要なのだ。
 
人間はわからないことがこわい。いろんなことをわかりたいと思う。でも、わからなくてもいいし、間違える。人の気持ちはわからない。わからないことをベースに理解しあおうとして、ゆるしあう。そのときにはじめて、違う地平にたどりつく。
 
文学も、教育も、夫婦関係も、宗教の違いも、わからないから争いが生じるけれど、わからなくてもいいとすればそれでいいのではないか。
小説は、人間の姿を描いて、人間を一生懸命わかろうとしているところに、希望を見出している。やはり、すこしでもわかりあいたいと思う。そして、喜びを与えあいたい。
 
今日は駅のお花屋さんで行列ができていた。母の日だ。電車の中で、皆がカーネーションを大事そうに抱えているのが、とても微笑ましかった。実家の母が、まだ咲いていない状態で届いた蕾を、毎日咲くのを楽しみにしている様子を思い浮かべた。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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