メディアグランプリ

買うものじゃないの、獲るものなの


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記事:むぅのすけ(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
今年もこの季節がやって来た。
 
私はハンター(狩人)と化す。
隠れている獲物を探し出すために、神経を研ぎ澄ますのだ。
彼らは、こちらに気づいて逃げるようなことはしない。
まるで
そんなことをする必要はない、と言わんばかりに息を潜めている。
なぜなら、そんな彼らを守るかのように、ハンターの動きを阻み、時に彼らを隠すものがいるのだ。
それはまさにガーディアン(守護者)というに相応しい大自然を味方につけた彼らを、私は注意深く、どこまでも追っていく……
 
 
G.Wが過ぎ、ヒノキ花粉もおさまってくる頃になると、私はそわそわしてきてしまう。
毎年楽しみにしている、潮干狩りの季節なのだ。
 
息子が幼かった頃、家族で楽しめるようにと、夫が連れて行ってくれたのが始まりだった。
親の私たちにとっては久しぶり、息子にとっては、物心ついてからは初めての海だった。
初めて経験した潮干狩りの面白さに、実は私がすっかりハマってしまった。
そしていつしか、我が家にとっては欠かせないものとなった。
 
獲れ過ぎる程に獲れる幸運な時もあったが、なんだかサッパリの時もある。
特に満ち潮気味の上に水温が低い時は、波を被るし冷たいしで、苦戦したものだった。
 
5月6月の海の水は、天気が良い時でもまだ冷たい。
濡れると、思いのほか体が冷えてしまう。
まだ体の小さい幼い子が、あっという間に波を被ってずぶ濡れになり、アサリを探す前に震えてリタイアすることも珍しくないことだった。
 
だから可愛らしいレインコートを水着の上に着せたりもするのだが、正直に言ってほとんど意味はなくなる。
それほどに、濡れないようにしてみたところで、雨除けと波除けは種類の違うものなのだ。
しかしそれ以前に、幼い子は何をしたって濡れるものなのだろう。
 
そしてそんな時はみんなで、寒いねー!あんまり獲れないねーと言いながら、持参したお湯でカップ麺を作って食べる。
冷えた体であったかいカップ麺を食べて、家で食べるのとは違うそのあまりの美味しさに驚き、またみんなで笑うのだ。
 
 
帰ってからは、もちろん料理して美味しく食べる。
 
帰宅後の疲れた体で、食べられないものを選別しながら全てを洗って、保存したり調理したりするのはかなり骨の折れる作業なのだが、一粒一粒が大切な命なのだから、当然だ。
そして何種類ものアサリ料理を、心行くまで楽しむのだ。
 
当時幼稚園児の息子が潮干狩りのしばらく後に、スーパーでアサリを見つけて欲しがったことがあった。
彼にしたら、よく知ってるアサリが売っていて嬉しくなり、また食べたくなったのだろう。
その時のアサリの量と割高さに、私は思わずこう言ってしまった。
 
『アサリはね、買うものじゃないよ。獲るものでしょ?』
 
すると息子は妙に納得した顔で
『そっか!じゃあまた来年だね』
と言ってニッコリ笑ったのだった。
それ以来、我が家では本当にアサリを買うことはなくなった。
 
今思えば随分と乱暴な理屈だが、あの頃は十分それでよかったのだ。
 
今は高校生になった息子はさすがに来ることはなくなったが、中学生まではそれなりに面白がって来ていたことを思うと、十分に我が家恒例の家族行事と言えるのではないだろうか。
 
 
昨年はコロナ禍のこともあり、私は自粛した。
一人でなら、喋らないし感染リスクも小さいだろうと、夫がソロキャンプを兼ねて一人で行ってくれたおかげで、我が家はアサリにはありつけたのだが、私にとってやはりアサリは獲って食べたいものなのだ。
 
この『獲る』ことがたまらなく楽しい。
 
なぜなら、アサリは決して逃げないからだ。
他の生き物のように、自分で泳いだり、歩いたり、飛んだりして逃げて行かない。
逃げずにそこにいるアサリを、探って見つけて獲る、というのが潮干狩りの醍醐味の一つだと思っている。
 
自慢にならないが、私はどんくさい。
その私でも、いっぱい捕まえられる。
大げさだが、ハンターになれるのだ。
 
狩りの仕方も人それぞれである。
私は、足で水底を探って掘りながら、固いものが触れると手で拾って獲る。
こうすると体はあまり濡れないので負担は少ない。
夫は、腰まで海に浸かってほぼ正座をしながら、両手で水底を探る。
このスタイルは常に両手で掘っているので、ヒット数は多くなる。
だからいつも夫の獲れ高は私よりはるかに多い。
 
しかし不思議なことに、どれだけ人が沢山いても、またどれだけ沢山獲ったとしても、あんまり残ってないということはあるだろうが、獲りきってなくなってしまうことはないのだ。
当然ながら、営業時間外に養殖の大量のアサリを撒いているのは、公然と知られることだが、理由はそれだけではない。
 
海がアサリ達の味方なのだ。
 
大きく小さく、絶え間なく打ち寄せる波は、常に水底の砂を動かし続ける。
だから波の下では、今さっき掘った場所も、一瞬で砂の中は変わっている。
潮が引いてしまった場所は、芋ほりのツルの下のように、獲ってしまえば他に見つけるのは難しいかもしれない。
でも潮の満ちている場所は、海を味方につけたアサリがまだまだ埋まっている可能性があるのだ。
私はそこに、芋ほりにはない、終わらない宝探しのようなロマンも感じてしまう。
 
海を仮想敵のようにしてハンターになれることの面白さは、今後も私を魅了し続けるのだろう。
今年は終わってしまったから、また来年、良いコンディションの日に行けるようにと今から願っている。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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