未来の瞬間を想像する
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:高井雄達(ライティング・ゼミ6月コース)
仕事の後、街へ飲みに行く。
そんな日常が少しずつ戻ってきた。
学生時代の友人たちと、数年ぶりに酒を酌み交わす。
自ら会社を経営している者もいれば、飲食業界で昼夜を問わずがむしゃらに働いている者もいる。
たとえ数年ぶりだろうと、全く異なる業界にいようと、集まれば自ずと昔話に花がさく。
赤坂で働く友人が少し遅れてやってきた。その界隈では有名な、並ばなければ買えないチーズケーキを両手いっぱい抱えている。恐らく両手いっぱいの理由は、それぞれの家族構成を考慮して買ってきているから。結構な金額がかかっているのは容易に想像がつく。
その日二度目の乾杯のあと、その友人が小分けの紙袋でチーズケーキを配っている僅かな時間に考えた。
彼はなぜこういうことをいつもさらっとできるのだろうか?
長年の付き合いで性格もわかっているはずだが、この疑問に対する明確な答えが見つからない。
本人に聞いてみたところで、納得できる回答は得られない気がする。
ただ彼は昔からそうだった。
誰かに何かをすることが自分の喜びになっている。そして決して見返りを求めたりしない。
そんな男だ。
その日は久しぶりに楽しい時間を過ごした。
ほろ酔い気分で貰った紙袋をぶら下げて自宅最寄駅の改札を抜ける。電子マネーの残高が残りわずかになっていることを自動改札の残高表示が教えてくれた。
券売機に向かい、財布から千円札を一枚取り出す。紙幣はもうない。相当飲んだらしい。
チャージの為に最後の千円札を投入口に入れようとした瞬間、隣の男性が電話に向かって話しているのが気になった。
「あと20円なんだけどなぁ……クレジットカードも使えないよ」
ちらっと横目で見ると、年齢は大学生くらいだろうか。かなり焦っているようで、周囲の目も気にせずかなり大きな声で電話をしている。
「とにかく何としても帰るよ……」
終電の時間も迫り、お金もなく、クレジットカードも使えない若者は、何の根拠もないはずなのに電話相手にそう伝えていた。
その時、ふと千円札を投入しようとする自分の手が止まった。
困り果てて電話をしている若者の目線は、自分の財布と券売機を行ったり来たりするばかりで、隣でチャージをしようとしている人間など視界にすら入っていない。
本来ならば今頃、券売機の中に吸い込まれていたはずの千円札を彼に無言で差し出した。
一瞬驚いた表情を浮かべた若者は、胸元に差し出された千円札を条件反射のように受け取った。
周囲に聞こえるあの声でお礼を言われるのも恥ずかしいので、手で軽く合図をし足早に立ち去る。
「お母さん、お母さん、今とてもいい人がいて千円くれたんだよ。帰れるよ」
相変わらずの大きな声が後ろから聞こえた。
これできっと帰れるね。でもケーキまではあげられないな。
電話口のお母さんも少しは安心しただろう。そんなことを考えながら、彼の電話が終わる前に姿を消しておく。
少しはいいことしたかなぁなんて考えながら、深夜の街を家まで歩く。小銭しかないので歩く。
我が家に辿り着く直前、いつもなら深夜まで営業している中華料理屋が閉まっていることに気がついた。
いわゆる町中華。おじいさんが一人でやっている。いつも夜になると、ほろ酔い客の笑い声が外まで聞こえるお店。昔はご夫婦で店をやっていたが、奥様を数年前に亡くされたとどこかで聞いた。
そんな普段は賑やかなお店が今日は閉まっている。
電気の消えたお店の入口には白い紙が貼られている。
「お客さまへ 当分の間(骨折のため)お休みさせていただきます」
筆で書かれたその文字は、周囲にベタベタ貼られているカラフルなポスターとは全く異なる雰囲気を纏っている。
むしろその一枚の白い紙に注目してもらうために、他のポスターが引き立て役になっているかのようだ。
引き寄せられるかのように白い紙に近づくと、何やら小さな文字がたくさん書かれている。
「お大事にしてください」
「早く元気になってくださいマッテマス」
「大将、待ってます」
「がんばれマスター」
「あさがやのお父さん、いつもありがとうございます2022父の日」
常連さんと思われる人々からの激励の言葉の数々。
おそらくここにメッセージを書き残した人々は、食事をしに来たのだろう。しかし運悪く店主の怪我により店は閉まっていた。
食事という自らの目的を達成できないなかでもペンを取り出し、それぞれが想いを書き残したのだ。店主の回復を純粋に願い、元気づけようとメッセージを書き残す。
おそらくそこには、何かを期待したり見返りを求めるような打算的な気持ちは全く混じっていないだろう。
見返りを求めず、相手を喜ばせる。
見返りを求めず、無条件で相手に何かをしてあげる。
文字にするととても崇高な行いのように感じるが、ただ純粋に人に喜んでもらいたい、誰かのために何かをしてあげたい、そんな人が実は身近にもたくさんいるのかもしれない。赤坂勤務の友人や、中華料理屋の常連さんのように。
駅で若者に千円札を渡した時、大きな声の若者が無事自宅へ戻り、今日のことを話している瞬間を想像した。
もしかしたらチーズケーキを配ってくれた赤坂勤務の友人は、
我々が家に帰り、家族とケーキの箱を開ける瞬間を想像していたのかもしれない。
もしかしたら中華料理屋の常連さんは、
店主が店に帰ってきた時、メッセージを読んで笑顔になる瞬間を想像していたのかもしれない。
チーズケーキを買う。激励メッセージを書く。そして千円札を渡す。
これら全てに共通しているのは、誰もがその瞬間の行為ではなく更にその先に続くドラマを想像し楽しんでいるという事なのではないか。
自分のほんの小さな行いが、見えないところで誰かの喜びや幸せに繋がっている。
その未来の喜びや幸せを、わくわくしながら想像したいので見返りも求めず、誰かに何かをしてあげられる。
そんな何気なくもあり、その反面、今後の自分の指針にもなりそうなことを考えながら自宅に着いた。貰ったケーキの箱を開けてみると、一人暮らしなのにチーズケーキが2個入っていた。
そこまで考えてくれていたか。
***
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