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メディアグランプリ

見習いたい寛大さ。でも思い込みには要注意「いいです」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:野村紀美子(ライティングゼミ4月コース)
 
 
以前に婦人服販売の仕事をしていたころ、残暑厳しい9月のある日。50歳前後の女性にクロップドパンツを接客し、試着をしてもらったときのことだ。
クロップドパンツとは、7~8分丈の短めのズボンで、当時は細身のデザインが主流だった。好みや、デザインにもよるが、くるぶしと足首が少し見えるぐらいの長さで履くと、スッキリ見えることが多い。
女性が試着室から出てくると、パンツで足首が隠れている。その店のターゲットとするモデル身長は157~162㌢、その女性は身長が153㌢ぐらい。くるぶしが見えないので、普通丈のストレートパンツとして着用できそうにも見える。7分丈のデザインとしてスッキリと見せて着るために、たいていは裾を短く修理する。
ヒップやウェスト、太ももなどのサイズは問題ない、むしろぴったりだ。彼女も、とても気に入った様子だ。本来のデザインを理解してもらうこと、その人がそのデザインを着るために修理加工するという選択肢がある、ということを購入前に伝えなければならない。
私は、ちょうど良い長さを鏡越しに探り、4㌢ほどの位置で裾を内側に折りたたみ、まち針で仮止めをして、ベストな状態の説明をしながら、修理することを勧めた。
「そうねえ、この方がスッキリ見えるわね。今はこれでいいけど、涼しくなったら寒いし、秋冬用の靴に合わせるには長い方がいいのよね」
その素材なら真冬の直前、12月初旬ぐらいまで着れるだろう。
「切らないで、短く修理して、寒くなったら元の長さに戻そうかしら」
彼女は、名案を思いついたとばかりに得意そうだ。
一般的なパンツ修理は、必要な折り返し部分の長さのみを残して切り落とし、アイロンをかけ、まつり縫い、又は、ステッチを施す。折り返し部分は大抵4~5㌢だが、この場合、短くする4㌢を加えた8㌢分を折り返して、後で元の長さに戻すということだ。
私は、長く販売の仕事に従事してきたが、初めてのケース、珍しい要望に戸惑った。修理は可能であるが、リスクがあるのだ。折り返した部分が長過ぎて、もたついたシルエットになること。これは本人が容認すれば済む。元の長さに戻したとき、縫った跡が残ってしまう。こちらは、まつり縫いなので影響は少ないかもしれない。1番の問題は、折り返した部分にアイロンの跡が残ってしまうことだ。その商品は、綿がメインの素材で、色も濃紺、特に跡が残りやすい生地だ。アイロンを緩くかけたとしても、着用による摩擦の跡はできてしまう。いかにも、修理しましたという感じで、見栄えがよくない状態は容易に予想ができるのだ。私は、可能であることと、元に戻したときの状態を詳しく説明した。
「ダメかしら」と彼女は諦めたくない様子。だが見た目を考えると、後で元に戻すという方法はやめた方が無難だと、再度伝える。
鏡の前の彼女はまだ、迷っている様子だ。要は元に戻すか戻さないか、切るか切らないか、見た目を優先するかしないかだ。
「修理しないで跡を残さず、フルレングスのパンツとして着用する。短めの丈を楽しむことはできないが、寒い季節に対応できる。又は、後に元には戻さないという前提で、短く切って修理する。そのどちらかが綺麗です」と“跡”つまり見た目に注目した内容をもう1度丁寧に説明した。
「わかりました。いいです。修理します」
と彼女は言った。よかった、納得してくれたと思い、通常通りの丈詰めを記した修理伝票を用意し、購入手続きを済ませた。
1週間後、修理の済んだ品物をとりにきた女性は、裏の縫い代を見て怒りをあらわにした。
「あれ! 切らないでって言ったじゃない! 」
驚いた私は、
「『いいです』っておっしゃいまし……」
と言いながら口籠ってしまった。私は、「元に戻さなくても『いいです』」という意味に受け取ったのだが、彼女にとっては、「跡が残っても『いいです』」という意味の「いいです」だったのだ。私の勘違いだった。最後に、「切って修理」という具体的な言葉で確認しなかったのが最大のミス。切ったら絶対戻せないのだから、美しさよりも、安全策を優先すべきところ。より素敵に着用してほしいという思いが強すぎて、お客様の真意を受け取れなかったのだ。申し訳ない思いでいっぱいになった。
お詫びの気持ちを込めてひたすら謝りながら、必死で対応策を考える。切った部分を元には戻せない。大至急、新しいものを用意して要望通りに修理してお渡しするしかない。あいにく、店内に在庫はないから、取り寄せるのに再び日数を要する。しかも、メーカーの在庫状況をPCで確認すると、人気の商品で倉庫在庫なし、他店舗の在庫もごく僅かだ。もし、取り寄せができなかったら。私は、次第に血の気が引いていくのを感じた。お詫びをして、状況と対応策を説明すると、
「誰でも、間違うときはあるわよ。気にしないで」
と彼女。せっかく修理品を取りに来たのに、店員のミスでその日に持って帰れない。自分の希望を勝手に勘違いした店員。不服と不満でいっぱいのはずだ。その寛大さと心の温かさに驚いた。
その後、無事に商品を調達し、要望通り「切らずに修理加工」を手配、修理所にも事情を説明し、アイロン跡がなるべく残らないように依頼をした。再度商品を取りにきたとき、あらためてお詫びの気持ちと、心温まる対応に感謝を伝えた。彼女はあまり気にしていないようで、長い縫い代の仕上がりに満足して帰って行った。
昨今すぐにクレームに発展してしまうことも多い中、ミスを容認してもらっただけでなく「気にしないで」と、労ってまでくれる客は滅多にいない。仕事への教訓とともに、人となりも見習いたいと思った出来事だった。
「いいです」と似たように使われるのが「大丈夫です」だろう。最近は、「大丈夫です」という言葉を否定文として使う人が増えているようだ。私は、「問題ない、心配ない」という意味で使ってきたので、メッセージなどでこの一言だけが返ってくると困惑する。そして必ず確認するのだ。イエスかノーか、AかBか。
数ヶ月後、秋も深まり、歩道を落ち葉が埋めるころ、彼女が再び来店した。そのパンツの長さを元に戻すためだ。予定通り、元の長さに修理し、仕上がった品物を取りに来た。裾には、やはりアイロンと、着用摩擦の跡が薄くではあるが、それとわかるくらいしっかりと残っていた。
「やっぱり跡が残っちゃうのね。気にしないからいいわ、寒いから。どうしても気になったら、また短くすればいいのよね」
と彼女。そこまで愛用されることにも感謝である。
 
 
 
 
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2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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