メディアグランプリ

梅干し作り、縁起かつぎで上手くなる


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記事:野村紀美子(ライティングゼミ4月コース)
 
 
梅干し作りというと、手間がかかる上に失敗の可能性も高いイメージ。熟練した技術が必要な、壮大な作業のように感じる人も多いだろう。私もその1人だった。結婚当初は、実家の母が漬けた梅干しを、毎年譲り受けていた。子どもが生まれ成長していくと、お弁当など消費量が年々増えていく。ゆずってもらった分だけでは賄いきれなくなり、スーパーで出来上がったものを買い足すようになった。自家製梅干しは、防腐剤などを使わないので、塩を多めに使うので、かなり酸っぱく、しょっぱい味に仕上がる。市販のものは、味や大きさなどバリエーションがあるが、しょっぱさも酸っぱさも薄いように感じた。ほとんど母の作った梅干ししか食べたことがなかった私には、物足りなかった。
「母という師匠がいるのだから自分で漬けてみよう」と思い立つ。そこへ知人が、梅干しにまつわる迷信を教えてくれた。
「梅干しは作り始めたら、絶対に途中で作るのをやめてはいけない。やめると縁起が悪いことが起きる」と。
そんな迷信は聞いたことがなかったが、我が家の今後の梅干し需要を考えたら、途中でやめる可能性は低い。その時はあまり気にも止めなかった。
道具と材料を揃え、自宅にあった料理本を片手に作り始めた。母にもやっぱり伝授してもらわなければと電話をすると
「簡単よ。きれいに拭いて、塩は雪みたいに見えないぐらいた〜っぷりで漬ければいいのよ。1個1個拭くのが、めんどくさいのよね。でもそうしないとカビちゃうから」
壮大な作業に初めて挑んだ私は、「簡単なんだよね」と自分に言い聞かせる。子どものころ、学校から帰ると、母が大きな竹製のザルに生梅を広げて一個一個丁寧に、下ごしらえをしていたことを思い出した。手間がかかるが、重要な行程らしい。カビは確かに用心だ。全ての梅が台無しになってしまう。私は教えられた分量以上に、塩の中に梅が埋まるくらい大量の塩を使って漬けた。
初めて作って出来上がったときのしょっぱさと言ったら、梅干し1個で、ご飯が2~3膳は必要なくらい。しかも後から猛烈に喉が渇く。皮も固くて、実はカリカリ歯応えがある。おおよそ母の梅干しにはほど遠い、梅干しとは呼べないほどの代物となった。
2年目、少しだけ塩を控えて作ったが、やはりしょっぱい。
母に相談すると、「蜂蜜漬けにしちゃえば。手間もかからないし、味もしょっぱくない」
漬けっぱなしでよく、干したりせずにできるという。いつの間にしょっぱい梅干しから転向したのだろう。昔ながらの作り方をマスターしたいという気持ちもあって蜂蜜漬けにはチャレンジしなかった。
3年目、もう少し塩を控えて作った。塩気は和らいだが、固さと色合いはあいかわらずよくない。赤紫蘇を加えると色鮮やかな赤味の強い色に仕上がるが、赤紫蘇なしでもほんのりピンク色に仕上がるはずが、ベージュ色。食欲をそそらない色合いだ。
4年目、あまりにうまく出来上がらないことが多く、諦めたい気持ちが湧いてきた。だが「途中で梅干し作りをやめると、不吉なことが起きる」という迷信が背中を押す。固さを解消するには干す際の日照時間か、干す日数を増やしたほうがいいのか。色合いについて相談すると母からのアドバイスは
「一晩夜露にあてる」だった。
夜露の効果は素晴らしかった。皮が柔らかく実もふんわり仕上がった。だが色合いはまだ良くない。購入する際の梅の熟し具合が、柔らかさに影響があることも知る。
母に教えてもらった内容も、もちろん参考にはなったが、なんとかもっとうまく作る方法はないのだろうかと、毎年梅の季節になると考えていた。今のようにインターネットで情報を得ることができない時代。ある日図書館で、1冊まるごと全て梅について詳細に記された本を見つけた。その中には、梅酒や梅干し以外の料理方法も多く書かれ、梅干しだけでも半分近いページを使って説明してくれていた。基本の作り方から、トラブルの対処法も親切丁寧に教えてくれいる。主要な箇所をノートに保存した。これは翌年以降の梅干し作りのとらの巻として、大いに役立つこととなる。
5年目、ついにカビが発生した。梅酢の水面に白くて分厚い膜のような物体が出現したのだ。
今回も母に相談すると
「カビなんて取っちゃえば大丈夫よ。梅を1個1個お酒で洗って戻せばいいのよ」
本当に大丈夫なのか、カビなのに! 半信半疑で物体をすくって取り、本の情報も参照して処理を施し、毎日梅の様子を観察チェックした。その甲斐あってか、無事に出来上がりの日を迎えることができた。
6年目。この頃を過ぎると、梅干し作りは私の年中行事の一つに定着していった。干すときには、三日と一晩、着きっきりにならなければならないので、夏の休暇もそれに合わせて取得するようにした。だんだんと母に相談することもなくなり、失敗もしなくなっていく。ちょうど良いしょっぱさに仕上げられるようになり、皮も実も柔らかく、ふんわりと丸っこい。知人にプレゼントしたりもできるようになっていった。だが年によって出来上がりは安定しない。実の選択、購入のタイミング、熟れ具合、塩加減、干すタイミング、天候。年によってそれは様々、毎年同じように作ることはやはり難しかった。
10年目を超えたころには、本に頼らなくても安定したものが作れるようになってきた。全てを自分の目で見て判断できるようになり、まあまあの達人の域に入りつつあった。そしてやっと分かったのだ。なぜ途中で止めると縁起が悪いといわれていたのか。おそらくそれは、梅干し作りを習得するのには長い年月が必要だからだ。どう頑張っても1年に1回しか作ることはできない。10回の練習に10年が必要だ。そんな迷信を使って、昔の人は母から娘、姑から嫁へと受け継がせていったのかもしれない。
15年目を超えたころ、お弁当作りもなくなり、子どもたちは成長独立していき、作ったものがだんだんと余るようになってきた。かつては5キロほどつけていたが、今は1キロか2キロで十分だ。作る手間を考えたら、購入したほうが楽だろう。
気がつけば20年以上作り続けているが、その間一回も作らなかった年はない。
今年も梅を漬けた。年老いて自分では作らなくなった母が喜んでくれるから、というのもある。だが、やっぱり気になるのだ
「梅干し作りを、やめると縁起が悪いことが起きる」と。
 
 
 
 
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2022-07-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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