メディアグランプリ

あの人は私の本音を映し出す鏡だった


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:kenken(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
嫌いな人は自分を磨くための磨き粉。
何かの本に書かれたのだろうか、いまだに思い出せないが、新入社員だったころ、ある本でこんな一文を読んだ記憶がある。読んだ時は本当か? と思っていた。なんでわざわざ自分の嫌いな人に感謝せねばいけないのか? その理由がピンとこない。しかしこの一文を読んだ10年後、その意味を知ることになる。
 
2年前、私が配属された先で会った先輩は厳しい方だった。
仕事は見て覚えるもの。
仕事は教えてもらえるものではない。
仕事の失敗は厳しく叱責する。
自分にも他人にも厳しい方だった。
配属当初、ほとんど何も教えてくなかった。最初に本当に基本的なことだけを教えてもらえたけれど、それっきり。私がわからないことを質問しても、簡単な返答のみ返ってきた。
 
「この資料を読んでください」
「○○の契約書を読みましたか?」
「××は私にもわかりません」
 
正直、わからないから質問しているのに、その回答はないだろう、と思ってしまった。そもそも新しい仕事を相手に振る時点で、その仕事に関して知らないことが当然あるわけで。何がわからないかもわからない状態の中、手探りで質問しているのに、さも知っているでしょ、という感覚で返事をする。正直に言って、自分にとって馬が合わない人とはこの人のことか、と思ってしまった。質問する気が失せて、この先輩に聞いても何も答えが返ってこない。結果、質問せずに仕事を進め、後になって先輩から叱責が飛んだ。
 
「なぜ○○をしなかったのですか」
「仕事が遅れた原因が、私の意見をなかったからだと言うのであれば心外です」
 
なぜこの人は私に教えてくれないのだろうか?
他の人は、自分の上司に対して質問すると、どんどん答えが返ってくる。仕事を進めるアドバイスをもらっている。一方の私は、アドバイスをもらえず仕事が進まず失敗続き。私が受け持つ仕事はどんどん減っていった。
この違いは一体なんだろうか?
 
「やらされ仕事かもしれないけどさあ、もっと本気になれよ!」
 
また先輩から叱責が飛んだ。
やらされ仕事?
私はそう言うふうに見られていたのか?
むしろ先輩の方が、愚痴を言いながらイヤイヤ仕事をしているんじゃないか?
煮え切らない気持ちが私の中に湧いてくる。
だけれども、先輩の叱責は私に対してだけではなかった。
お取引先の会社のミスが重なったとき、先輩は会議で厳しい追求をした。
 
「原因に対してこの対策で十分なのでしょうか?」
「原因には○○と書いていますが、報告書にある時系列と照らし合わせると××の部分と矛盾しませんか?」
 
理詰めで相手を追求する。もともと相手の立場に立って考えたり、論理的に考えたりすることが得意な人だから、追求の手は容赦ない。
会議後、先輩が口を開いた。
 
「指摘することが俺たちの仕事である以上、失敗したら厳しい意見は言わないと」
 
自分たちの仕事の先にはお客様がいる。だから嫌な内容の仕事であっても妥協しない。ミスは厳しく追求する。先輩の仕事に対するスタンスがそこにあった。
 
一方の私はどうだろう?
口では一生懸命仕事しています、と言いつつも流れ作業をしていた。わからないことがあれば自分で解決しようとせず先輩に頼ろうとした。自分は努力しなくても、周りの人が助けてくれると思っていた。挙げ句の果てには、先輩の意見に従えば、仕事が失敗しても自分だけのせいじゃないと言い逃れができるのではとさえ思っていた。
そんな私の態度を先輩はわかっていたのかもしれない。
 
先輩は他力本願な私の本音を映し出す鏡だった。
 
私の先輩に対する質問も相手に判断を委ねるため、責任を負いたくないため、そんな感情が見え隠れするから、先輩は返事をしなかったのだと思う。まるで生殺与奪の権を自分から相手に渡しているようなものだから、先輩も冨岡義勇のごとく怒り心頭だったのだろう。
 
ああそうか。
まずは自分からもっと仕事のことを勉強しないと。そうしないと、わからないことを先輩から教えてもらえない。自分で勉強して調べて考えて、それでもわからないから先輩に相談したり質問したりできるのだ。
私は2年間教えてもらえない環境だった。
2年間相談できない環境だった。
その環境を経て、人から何かを教えてもらえること、相談してもらえること、それがどれだけ恵まれていることか、知った。
同時に、何かを教えてもらうには、相談してもらうには、自分の力で勉強して調べないと相手にされない、ということを知った。
当たり前と言えば当たり前だけれども、その当たり前ができていない自分を恥じ、当たり前ができる環境がありがたく思えた。
だから私は必死で仕事に取り組んだ。
自分から進んで仕事を見つけるようにした。
仕事ができる人からすれば、私のしていることは、当たり前のことだったり、無駄な仕事をしたり、些細な仕事で時間を使ったり、常識的なことだったりするけれど、そんなことはお構いなしに目の前にある仕事に集中した。
 
「自分から仕事をするようになったな。変わったな」
 
先輩からこんな一言をもらった。素直に嬉しかった。
けれども、そんな先輩もこの夏で私たちの部署を離れることになった。私がこの2年間で先輩から教わったことはほとんどない。ただし、先輩は私に気づきを与えてくれた。私を変えるきっかけを作ってくれた人だった。
 
人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬も早すぎず、一瞬も遅すぎない時に。
 
教育学者である森信三の言葉だ。
この夏に異動した先輩は、私の本音を映し出す鏡であり、私にとって一生のうちに逢うべき人の一人だった。
 
 
 
 
***

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2022-07-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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