メディアグランプリ

中国の健康診断は終わってからが面白い


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:深谷百合子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
私は手渡された小さな容器を見て、戸惑った。これはなかなかコントロールが難しそうだ。日本では見たことのない検尿容器だった。
 
中国赴任の手続きのために、指定する病院へ行くように言われ、私は会社から教えてもらった医療センターを訪れた。中国の医療機関を訪れるのはその時が初めてだった。言われるままに身長、体重を測り、採血をして、「次は尿検査」と言われて渡されたのが、小さな検尿容器だった。
 
40ml位の容量なので、おちょこと同じ位の大きさだろうか。手のひらにすっぽりと収まる位の小ささだ。紙コップでしか採尿したことがない私は、その小ささに面食らった。
 
「これ、どうやって採るの?」
 
汚い話で恐縮です。でも、おちょこ位の大きさの検尿容器ですよ。溢れたら嫌だし、飛びはねても嫌だし、コントロールが狂って容器を持つ手にかかっても嫌だ。腹圧を微妙にコントロールしながらめちゃくちゃ慎重に採るしかない。しかも、トイレは洋式タイプではなく、日本で言う「和式」タイプである。年齢も上がってくると、しゃがむという動作だけでも辛いというのに、その辛い体勢で腹圧をコントロールし、見事に小さな容器の中に収めなければならないのだ。
 
トイレに入って、検尿容器の青い蓋をとる。蓋をとったのはよいが、置き場所がない。トイレットペーパーホルダーのわずかな平面を見つけて、滑り落ちないように慎重に蓋を置く。そして、微妙に腹圧をコントロールしながら慎重に採尿する。容器が小さすぎて、どれ位の量なのか見えづらい。途中で止めて容器を確認する。あともう数ミリリットル。
 
「あと数ミリリットルってどれくらいだ?」
感覚に頼りながら頃合いを見てギュッとお腹に力を入れる。いい具合に収まっている。あとはこれをこぼさないように慎重に蓋をかぶせる。ふぅ、採尿完了だ。尿検査でこんなに疲れるとは思ってもみなかった。
 
翌年も、定期健康診断のために医療センターへ行くように会社から指示された。前回とは違う医療センターで、割と新しくできた所らしかった。健康診断とはいえ、検査内容は充実していて、女性は婦人科検診もあると言う。大勢の人でごった返す待合室で、一緒に来てくれた通訳と順番を待っていた。
 
名前が呼ばれ、採血、腹部エコー検査と進み、いよいよ次は尿検査だ。ここでも渡されたのは小さな青い蓋の容器だった。
 
「出たよ、中国ではこれがデフォルトなのか」
 
心の中で、チッと舌打ちをしたい気分だった。でも今回は初めてじゃないだけちょっと余裕がある。しかも新しい施設だからだろうか。トイレは洋式タイプも備えられていた。前回ほど戸惑うことなく、尿検査もあっさりと終えることができた。
 
「次は婦人科ですね」
通訳の女の子が検査室までついてきてくれた。内診があるというので、靴を脱いで、履いていたズボンをおろそうとしていると、中国人の先生が何かわめいている。
 
「大勢待っている人がいるから、早くしろっていうことかな?」
私は焦りながらズボンをおろす。
「片方だけでいいって先生が言っています」
カーテンの向こうから通訳の女の子が教えてくれる。
 
いや、あの、片方だけ脱ぐ方が面倒くさいんですけど。しかし、先生は内診に使う器具を手に持ちながら、せきたてるように叫ぶ。仕方なく、ズボンも下着も右足だけ抜いて診察台にあがる。左足の足首あたりにズボンと下着が丸まっている。これは効率的なのか? どう考えても逆にしか思えない。診察が終わり、左足に丸まった下着とズボンを履くのに、またモタモタしてしまう。下着の向きが回転したりして履きづらいのだ。慌てて診察台をおり、ズボンのファスナーを上げながら、通訳の女の子に「片方だけ脱ぐって、逆に難しいよね」と言うと、彼女は苦笑いをしながら「そうですよね」と返してきた。
 
「やっぱり健康診断は日本で受けたいなぁ」
医療センターからの帰り道、私は日本で人間ドックを受けた時の先生たちの優しい対応を思い出していた。
 
4日後、ネットで検査結果を確認できると通知があった。早い。割り当てられた番号とパスワードを入力すると、2種類の資料がアップロードされていた。ひとつは8ページに及ぶ検査結果、もうひとつは14ページもある「分析資料」だった。私の検査結果をビッグデータに照らして分析したものだ。私の健康状態が、同じ年齢の女性と比べてどの程度の位置づけにあり、将来どのような病気のリスクがあるのか、グラフを交えて詳細に説明されている。
 
さらにページを繰っていくと、食事に関する提案が出てきた。これまた細かに、1日の総摂取カロリーの内、炭水化物はいくらで、タンパク質はいくらでと、内訳まできっちり数字で示されている。さらに、食品群別の推奨摂取量が何グラム、推奨するビタミンの摂取量はどれくらいかまで、事細かに書かれている。さらに読み進めていくと、オススメの食品とその写真が載っている。
 
コレステロール値の高い私には、EPAやDHAなどの成分摂取が望ましいと書かれており、代表的な食材として、フナと雷魚の写真が掲載されていた。マグロやサンマ、イワシとかじゃないのか。海水魚ではなく淡水魚で例が示されるところが、いかにも中国らしい。
 
「いや、雷魚とか食べないし」
ツッコミながらさらに読み進める。
 
次に出てきたのは、運動の提案だ。私の場合、散歩なら4キロメートル、水泳なら28分、縄跳びなら14分やればよいらしい。さらには、どの筋肉をどうやって鍛えたらよいのか、図解付きで説明してくれている。たとえば、「プランク」だったら、1日1回、毎回13分やればよいと。28分とか14分とか13分とか、なぜこんな半端な数字なのか。いや、これこそビッグデータからはじき出された数字の証拠かもしれない。
 
日本と比べて圧倒的な母数を持つ中国。そのビッグデータが示してくれた私への提案は、実はとんでもなく有用なのかもしれない。中国の健康診断は、終わってからが面白い。
 
 
 
 
***

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2022-07-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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