大企業に勤めたいコンプレックス
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記事::淵江沙帆(ライティング・ゼミ6月コース)
私は今、マレーシアに住んでいる。
3年前に教員の仕事を辞めて、夫の駐在に帯同した。
プールとジム付きの高層マンションの広い一室に住み、何かあれば対応してくれるコンシェルジュもいる。ビザの関係で働けないため、家事はあるけれどほぼ毎日が自由時間だ。早朝仕事へ出かける夫を見送り、もう一度ベッドへダイブ。好きなだけ寝てからゆっくり起きだして、のんびり食事をとる。約束があれば友達とお茶をして「うふふ」と過ごす薔薇色の駐妻生活……ではない。
いや、正しくはそういう一面もあるのだけど、この生活を心の底から素直に楽しめない私の困った内面があるのだ。それは私の学歴に起因するのかもしれない。
私は無邪気な小学生時代を少なからず犠牲にして中学受験をし、都内の進学校に進学した。女子校であったことも相まって、おしゃれや恋愛にうつつを抜かすことなく、むしろうつ病にもなりながら、必死に勉強をして早稲田大学に進学した。
そう、早稲田大学という、ある程度は優秀と認識される大学を卒業したのだ。
マレーシアにある早稲田大学OBOG会、通称“マレーシア稲門会”に参加すれば、「三菱商事の山田です。今、貨物船を担当していまして〜」とか「三井不動産の田中です。マレーシアに今度できる商業施設ららぽーとですが、コロナの関係でちょっと完成が遅れてまして〜」とか自己紹介で明かされる大企業勤務のオンパレード。
名の知れた会社だからこそ、どんな業態なのか周知のところで「今、貨物船の需要すごいですよね〜」とか「ららぽーとにどんなお店を誘致しているんですか〜」とか会話が繋がって盛り上がっていく。
出てくる出てくる大企業名、あたたまる会場。
「あの人、あの会社なんだ」「わあ、あの人も」「すごいなあ」とは思うのに、それと反比例するように、私の心がスーーっと冷えていく。
「自己紹介したくない」「気まずいな」と思う。場違いな気がしてきてモゾモゾする。
そうは言っても自己紹介のターンは回ってくる。
仕方がないから、ちょっと泣きそうな気持ちを抑えて「専業主婦の淵江です。夫の駐在に帯同してきました! 無職です」って、へらって笑って言う。
誰も「二人分の洗濯大変ですよね〜」とか「普段どんな料理作ってるんですか〜」なんて聞くことはない。代わりに飛び出すのは、「旦那さん、どんなお仕事なんですか〜」である。
こんな時、「どこかに所属していたい」「立派な肩書きが欲しい」と思う。願わくば誰もが知る大企業の。
そう思うたびに「いやいや」と思い直す。
今はVUCAの時代。不安定、不確実、複雑、そして曖昧な世の中だ。大企業に勤めていたとしても、20年後にはその会社はなくなっているかもしれないし、そもそも日本経済は低迷中で、日系企業だったら馬車馬のように働いたって給料はなかなか上がらないじゃないか。そんなことより、今は手に職の時代。企業に所属していることよりも、自分にできることを増やして、伸ばしていかなければいけない。そっちの方が大切だ。
大丈夫。
漠然と大企業に所属してあぐらをかいている人間より、私は本をたくさん読んで、英語の勉強をして、自分自身の価値を着実に上げている。
そんな風に、大企業勤めのかっこいい人たちを貶めて、自分と同じくらい、またはそれ以下のように価値転換してなんとかプライドを保つ。世間的に見ればしっかり働いて社会に貢献している彼ら彼女らは、仕事もせずにずっと家にいる私なんかよりずっと立派で素晴らしいのに。
わかっている。
こんな自分がダサいことを。
大企業に勤めたこともないくせに、同じ大学を卒業しているからといって、頑張れば自分だって大企業に勤められると思っている。ただ、勤める気がないだけなのだと、自分には他に価値あることがあるのだと言い訳をして。本当は羨ましい気持ちをいっぱいに溜め込んでいるくせして。
実際、今の世の中では大企業勤めだけが成功じゃないとは思う。
そもそも成功の定義もあやふやだけれども、YouTuberやInstagramerが信じられないくらいにお金を稼いでいるし、投資で十分に生きていけるだけの利益を上げている人もいる。優秀な人は起業しているし。
でも。
それでも大企業勤めが羨ましいのだ。
日本に生まれた宿命だろうか。幼い頃に受けた前時代的教育が染み付いているからだろうか。「大企業勤め」という、一瞬で一定の尊敬を集めることができる、わかりやすい社会的地位が欲しいと思ってしまう。
最近、夫が転職を決意し、そろそろ日本に帰国する日も近づいてきた。
私も優雅な駐妻生活に別れを告げて働こうと転職サイトを見ている。新卒で教員になったため、一般企業への就職活動は初めてだ。
「好き」を仕事にしようか。それとも「得意」を仕事にしようか。
「業界」で選ぼうか、「待遇」で選ぼうか。
仕事選びは悩ましいけれど、ただ一つ決めていることがある。
「大企業にエントリーすること」
大企業へチャレンジしたことがないくせに、「私だって頑張れば大企業に勤められる」とか「大企業勤務なんて大したことない」とか悔し紛れでコンプレックスまる出しの私とおさらばしたい。
内定がもらえても、もらえなくても、挑戦することで「大企業」と「自分」の立ち位置を正しく認識し、清々しい気持ちで次のステップに進める。そう思うのだ。
***
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