メディアグランプリ

体験の連鎖——ある暑い日の午後、自分に合う作家を見つけたというご高齢の男性と出会ったはなし

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:湯浅直樹(ライティング・ゼミNEO)
 
 
ぼくが天狼院書店にはじめて足を踏み入れたのは、
2014年2月のことだから、
いまから8年まえのことになる。
8年といえば、それなりに長い年月と、言えるかもしれない。
 
まだ冬空のつづく肌寒い日で、
当時の職場があった新宿からメトロで池袋に向かった。
 
混み合うホームを歩きながら、
いつも帰るのとは反対方向の車両に乗ったときの、
あのワクワクした気持ちをいまでも覚えている。
 
日常のなかに生まれた、ちょっとした冒険。
いま思えば、そんな高揚感をそのときのぼくは、
たしかに感じていたように思う。
 
この日のことをわりと鮮明に覚えているのは、
毎年2月19日になると、
Facebookに写真とともにこの日投稿した記事が
「思い出」として自動的に表示されるせいかもしれない。
 
写真のなかのぼくは、ベージュのトレンチコートを着て、
首にマフラーを巻き、ピースサインをして
カメラに目線を向けている。
コートの下は見えないけれど、
スーツを着てネクタイをしめているはずだ。
 
ピースをしていない方の手には、
当時流行りの自己啓発系のビジネス書を持っていて、
そのころのぼくが何に関心をもっていたかを示唆している。
 
これはFacebookをひらけば自動的に、
いわば自分の意思とは関係なく目にしている
(あるいは見せられることになる)写真だけれど、
見るたびに天狼院書店と自分の人生を
定点観測的に振り返ることになるから、
2月19日は、
いわば個人的記念日と言っても、
言い過ぎではないのかもしれない。
 
とくに3年前に転職して天狼院書店の社員になり、
土浦の店舗で働いているいまのぼくにとっては。
 
そう、これは確かにとても個人的な記念日であって、
たとえば「海の日」のような祝日ともちがうし、
人と共有することはなかなか難しいかもしれない。
 
しかしながら、ある程度年齢を重ねたり、
年月を経たあとに振り返ってみると、
当時はそれと意識することもなく過ごした一日が、
何かの記念日として自分の人生に影響をあたえる。
 
そのような個人的な記念日の出来方、生まれ方というものが
あるのではないだろうか?
そして、そういう個人的な記念日を持っているという方は、
ぼく以外にもいらっしゃるのではないだろうか?
 
あまりにも個人的な記念日なので、
誰にも告げることなく、表にも出てこず、
そっと心のなかにとってあるような、
個人的な記念日となる一日が。
 
いま、なんとなく自分がはじめて天狼院を訪れた日のことを
思い出したのは、先日店で話をした、ひとりのお客様のことが、
印象に残っているせいかもしれない。
 
先日、夏のはじまりを告げるような暑い日に、
土浦店に80歳を越えているだろうと思われる男性のお客様が、
来店され『本当の翻訳の話をしよう』という文庫を購入された。
 
英米文学の翻訳をテーマに、翻訳家の柴田元幸さんと作家の村上春樹さんによる対談本や柴田さんによる「日本翻訳史 明治編」という講演記録が収録された一冊だ。
 
ぼくは2017年に、この文章のもとになった「日本翻訳史集中講義」という講義に参加して、一番前の席で聴講していから、そのときの話をお客様にお話した。「すごくオススメの本なんです」と言って購入のお礼を言いながら。
 
すると、ご高齢の男性は口を開かれ、こんな話を聞かせてくれた。
 
「こないだ、この店で村上春樹と……、
あれ、名前なんだったかな? 女性作家が対談している本を買ったんだよ」
「川上未映子ですか?」
「そうそう、川上未映子だ。
読んでみたら以外に良くてね。
 
これまで村上春樹のことは知っていたけど、
読まず嫌いできちゃったんだ。
でも対談読んだら、良くてね。
 
自分に合うかもしれないと思って、
そこから『ノルウェイの森』を読んだら、良くてね。
それで今日はこれを買ってみようと思ったんだ」
 
ぼくらの話はしばらくつづいた。
 
『ノルウェイの森』の感想であったり、
短編はまだ読んでいないという、お客様の発言から、
茨城県の海岸が舞台の「アイロンのある風景」という短編に話は展開し、それが収録された『神の子どもたちはみな踊る』を持ってきてお見せした。
 
ぼくは「いまから村上春樹を読みたい」というこの男性と話しながらに、読者が作者と出会う時期についてや、「自分に合う作家」ということの意味について思いをめぐらせていた。
 
村上春樹は『マイ・ロスト・シティー』に収録された「フィッツジェラルド体験」というエッセイのなかで「自分のための作家」について書いている。
 
村上春樹にとってのその作家は、スコット・フィッツジェラルドになるのだけれど、「自分のための作家」と思えるようになるには、フィッツジェラルドをはじめて読んでから何年かの時間が必要だったと、このエッセイでは同時代に読んだドストエフスキーやバルザック、ヘミングウェイを引き合いにだしながら書き記している。
 
ぼくとお客様の会話が終わるころ、
50代くらいの男性がお客様のそばに立った。
付き添いのようだった(たぶん息子さんだろう)。
 
「今日の本をまず読んで、ほかのも読んでみたいと思ってる。
今日紹介してくれた短編もね。あとどれくらい読めるか、わからないけど」
「また、今度感想を聞かせてください」
そう言って、ぼくはレジからお客様と付き添いの方の背中を見送り、あたらしくみえたお客様の本を受けとって会計をはじめた。
 
 
 
 
***

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2022-07-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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