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上高地を生きるおじさんに触れて


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記事:添田咲子(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
上高地(かみこうち)
長野県松本市、標高1,500メートルにある日本を代表する山岳景勝地であり、国の文化財(特別名勝・特別天然記念物)にも指定されている。
〝かみこうち〟の語源は〝神降地〟だと言われている。神が降り立つ地。その名に相応しい、神々しい美しさに魅了され、何度も訪れるファンも多い。
上高地と言えばここ、という有名な眺めが清流梓川にかかる河童橋から雄大な穂高連峰を望む眺めなのだが、そんな一番のビュースポットに散歩レベルの体力で行けてしまうのも上高地の大きな魅力のひとつ。
松本市街から車で約一時間の距離にある沢渡(さわんど)バス停にマイカーを停め、シャトルバスに乗り換え約30分ほど山道を登る。上高地バスターミナルで降りたらもうそこは別世界。清流のざわざわと流れる音と、森林の木洩れ陽を愛でながら鳥の鳴き声どこからか響く。ハイカーのリュックに付けられた熊避けの鈴のカランコロンという音色も心地よい。平坦な歩道を5分も行けばもう、目指していた河童橋だ。もう、誰もが「来てよかった!」と言うに違いない絶景。完璧に計算されつくしたかに思えるほどに美しい穂高連峰の山並み。晴れている日ほど美しくエメラルドグリーンに映る清流梓川は手足をつけたら真夏でも痺れるほどに冷たく、子供たちも大喜びだ。
 
そんな、私のなかでは言わずもがな超有名な上高地だが、周りの人は案外知らなかったりする。「へぇ、カミコウチ。……近いの?」といった反応をされることが少なくない。余計なお世話だけど、上高地の美しさを知らずにいるなんて、人生半分損してるよ! と思っている。是非一度は足を運んでみるのをお薦めする。
 
縁あって、何度か訪れている上高地なのだが、訪れる度に出会うおじさんがいる。
赤い帽子に赤いシャツ。赤いパンツに赤いスニーカー。全身赤がトレードマークで、河童橋周辺から穂高連峰を望む方向で油絵を描いている白髪の男性。初めは、こんな絶景だもの、絵を描く人もそりゃいるよなあと思っていたが、二度も三度も会う。たまに行った私がいつも会うなら、おじさんはいつも居るに違いないと思った。そしておじさんはいつも、同じように、河童橋から眺める風景を描いている。私は絵には全く詳しくないが、おじさんの絵からはこの風景が好きでたまらないといったたっぷりの愛情を感じる。時には観光客に声をかけられて、楽しそうに上高地の魅力を語っている姿も目にした。
おじさんは画材一式を恐らくお手製の、年季の入った手押し車に乗せて移動している。その手押し車には看板がついており味のある字でこんなことが書いてある。
 
「上高地を描き続けて60年 第5回上高地展を夢みて!!」
 
おじさんは、来る日も来る日も同じ場所で、上高地を描き続けているんだ……。
同じ景色を描き続けるって、一体どんな境地なんだろう……。
〝上高地展〟は実際に存在するんだろうか?
おじさんは何を目指しているのか、気になった。
 
でも考えてみたら、同じ景色なんてありえないのだ。雲のかたちも、陽の当たりかたも、木々の彩りも。その風景を眺める自分の心の中の景色もその時々で違っていて、心に投影する季節の風景は常に違ったものとして映るだろう。一日一日、一瞬一瞬、同じ瞬間は二度とやって来ない。
 
私たちは、〝今ここ〟を生きている。
 
おじさんは上高地の風景を描きながら、この瞬間、瞬間を味わっている。それはつまり、今を生きるということを味わっているということなのかも知れない。
 
おじさんが、自分の人生をかけて描き続けていることから、上高地はそれほどまでに価値のある場所であるという強いメッセージを感じる。そして、おじさんが表現しているアートは、キャンバスの絵そのものではなく、この愛する場所で、そうして60年絵を描き続ける生き様そのものなのではないかと思えてきた。そうすることで、愛してやまない上高地の一部で在ろうとしているのではないか。
 
こんな風に、ただの通りすがりの観光客の一人である私が、上高地を思う度にそこにあるおじさんの存在を感じている。おじさんの本当の目的や気持ちはわからないし、あくまでも私が勝手な想像を膨らましているだけなのだけど。私の中ではすっかり、おじさんは上高地の一部になっている。でもアートとは本来そういうものなんじゃないか。アートに正解はない。観る人ひとりひとりの中にどのように映るか、が答えだと思う。
 
上高地のおじさんを通して私は、生きることはアートなのだと感じた。そして誰もが、自分の人生の主役だ。たとえ脇役を演じている場面でも、その人にスポットを当てれば脇役を演じている主役として人生のステージに上がっている。絵を描かなくても、演劇をしなくても、音楽を奏でなくても。もっと何気ないことですでに私たちは自分を表現しながら生きている。この日常の中に感じる喜怒哀楽をどんな風に表現して生きるか。そのことが、とても尊く美しい。
 
さあきょうは、どんな表現でステージに立とうか。

 
 
 
 
***
 
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2022-07-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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