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「初体験」で大人になれた私と彼女


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「仕上げは艶出しとマットがありますが、どうされますか?」
 
20代と思しき、目の前の若い女性にそう聞かれた40代の私は、念のため確認をした。
 
「艶出しって、ピカピカになるやつ……ですよね?」
 
「はい、そうです」と彼女。
 
一瞬迷ったが、私を意を決した。
 
「じゃあ、艶出しで、お願いします!」
 
私の艶出し宣言を聞いた彼女は、マスク越しでも分かるほどに、一瞬「ギョッ」とした。
が、すぐに冷静な表情に戻り、手元を見ながら私に念を押した。
 
「男性の方ですと、通常はマットを選ばれる方が多いみたい……なんですけど……艶出しで宜しいですか?」
 
どちらかというと、あまのじゃくな私は、それを聞いた瞬間には、もう艶出ししか頭にはなかった。
 
「ええ、もう、ピッカピカにしちゃってください! その方が面白くないですかっ」
 
意を決して、無駄にテンション高く笑ってそう答える40代の私と、一瞬たりとも目を合わせることなく、20代の彼女は努めて冷静にひと言「わかりました」と言った。
 
無論、面白いか面白くないかの可否判断は、なかった。
 
艶出しかマットかのチョイスはもとより、言葉遣いや無駄に高いテンション等、色々と選択を誤ったか、と焦った私は、寡黙な彼女を前に、一瞬ひるんだ。
 
少しだけ私と彼女の間に気まずい空気が流れたような、そんな気もした。
 
が、よくよく考えると、それは私の勘違いだった。
 
気まずい空気は「少しだけ」どころか、今に始まったことではなかったからだ。
思えばかれこれ30分ほど、我々2人の間には原則的に気まずい空気が流れていた。
 
それもそのはず、私と彼女は年代も性別も異なるし、かつ初対面でもあった上に、特段に共通の話題もなく個室空間に2人きり、至近距離で向かい合って座っていたからであった。
 
「そんな状況くらいで気まずい空気を作るなんて、それは彼女ではなく、君の器量の問題だろう? つまりは年長者たる君が、ギャグのひとつやふたつでも言う等して、場の空気を和ませるくらいの度量というか、彼女に気を遣わせない気遣いがあってしかるべきでしょう。うん、それが大人のたしなみってものでしょう」と思われる先輩諸兄姉もいらっしゃるであろう。
 
私も全くもってその通りだと思うし、これが仮に酒席、例えば個室居酒屋等であれば、私なりにギャグのひとつやふたつ、いや、三っつでも四っつでも盛大に放つ準備は、無論あった。
 
実際、虎視眈々とチャンスをうかがってはいた。
 
そうして、出来ることなら私のギャグによって、良くも悪くも場の空気に変化を与えたい、ウケるとかウケないとか、そんな次元をはるかに超えて、年長者としての度量を示したい……いや示すべきである、とさえ思ってもいた。
 
が、今回ばかりは、そうはいかない事情があった。
 
というのも、彼女がずっと静かに、しかし必死になって、私の手を握り続けていたからだ。
 
加えて私自身も、初対面の若い女性に、対面したそばから手を握られ続けるという体験を、これまでしたことが、全くなかったからだ。
 
そう、ここは勝手知ったる個室居酒屋ではなかった。
 
ここは、ネイルサロンだった。
 
それも、オープンしたばかりの、真新しいネイルサロンなのだった。
 
そして目の前の彼女は、これまで仕事(プロ)として男性にネイルケアの施術をした経験が限りなく少ない、というかほぼ無い、新人ネイリストさんなのだった。
 
生まれて初めて訪れた歴史的観光地……を巡る観光バスに乗ったら、バスガイドさんがつい最近デビューしたばかりの若い新人さんで、初めて目にする名所旧跡について色々聞いてみたい……けれど、「聞いてくれるな触れてくれるな」オーラも出ているし、何となく申し訳なくて見守るしかない……と、そんな気分に私は陥っていたのであった。
 
実際、新人ネイリストである彼女からしたら、いくら仕事とはいえ、一回り以上も年の離れた中年男性の指に、それも汗ばんだ指に触れることは、気持ちの良いものではないだろう。
 
ましてや、いくら気遣いだと分かっていても、意味の良く分からないギャグらしきを連発されるのは、地獄の沙汰以外の何ものでもないはずだ。
 
私はそんな彼女を前にして、手を、そして指を握られつつ、何となくの申し訳なさを感じるとともに、ただただ黙って座っているしか、なす術がないのであった。
 
と、ここまで書いてきて思うのが、「ではなぜ中年の君が、それも酒場で無神経にもギャグを放つような無粋な君が、ネイルサロンなどという、きらびやかな世界に紛れ込んでいるのか」との疑問を、先輩諸兄姉が持たれるであろう、ということである。
 
「俺も40代に突入したことだし、男を磨くなら、まずは爪からオシャレに!」
 
と、思ったわけでは、もちろんなかった。
 
無論、男性でもネイルサロンに通って、爪のケアをしている方がいるのも知っているし、清潔感のある指先を演出するという意味では、日常生活はもとより、ビジネスにおいても好影響を及ぼすであろうことは、何となく分かる。
 
が、私は違った。
 
時は2週間ほど前にさかのぼる。
飲食店等、手広く事業をやっている知人から、以下のような趣旨の連絡があったのだった。
 
「この度ネイルサロンをニューオープンする。ついては、プレオープンの期間に、仕事として男性への施術経験が浅い新人ネイリストのトレーニングもかねて、一度、サロンに足を運んで、彼女の施術を受けてはくれまいか」
 
人生、40年も生きていると、かつては毎日のようにあった「初体験」というものが段々と減りつつあるよなぁ、と勝手に落ち込んでいた私は、二つ返事で快諾したのであった。
 
そうして緊張感を持って訪れた先にいらしたのが、新人ネイリストであるところの、彼女であった。
 
「はい、これで終わりました。お疲れ様でした……(ふぅ)」
 
全ての施術を終えた瞬間、彼女が大きな息を、ゆっくりと吐き出していたのを、私は見逃さなかった。
おそらく、私以上に彼女は緊張していたに違いない。
 
都合、1時間弱、彼女が静かに向き合ってくれた私の爪は、びっくりするくらいピカピカになっていた。
 
「こんなになるんですね……なんか、すごい新鮮。ありがとうございました……」
 
私は後片付けをしている彼女の、邪魔にならないよう、静かにそう伝えた。
 
「え、えぇ。ありがとうございました」と彼女。
 
「初体験」を終えた我々2人の間には、まだ緊張感が漂ってはいた。
 
が、互いに、何かが、ひとつだけ大人になれたような気が、私はしたのであった。

 
 
 
 
***
 
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