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人間は点描画であることを忘れてはならない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:淵江沙帆(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
高校1年生のある日、私は孤立した。
 
いつも一緒にいた友人たちが私を避けるようになったのだ。
当時私は中学2年生の時からずっと同じクラスで仲の良かった友人4人とグループを形成していた。教室移動の時もお弁当を食べる時も3年間いつも一緒だった。
 
それなのに。
 
高校1年生のある日、私は彼女らに避けられるようになったのだ。
 
事は秋。学校で実施された中間試験が発端となった。
ある科目の試験が実施された次の日、友人の1人に「昨日あった試験の問題を見せて欲しい」と言われたのだ。彼女はテスト当日に欠席していた。私は「先生から何か課題でも出たのだろう」と思い、快くテストの問題用紙を貸してしまった。
 
それが問題になった。
貸した次の日に追試験が行われて、いつも赤点を取る彼女が75点を取得したらしかった。追試験の問題は本試験と全く同じだったのだ。
 
隠せば良いのに。
彼女は自慢げに「淵江にテストを貸してもらったから75点が取れた!」とふれ回った。彼女としては、なかなか取れない高得点がよっぽど嬉しかったのだろう。しかしそれは真面目に勉強して試験に臨んだ子たちの癪に障ったようだった。「あの子はカンニングをして75点を取った」「テストの問題用紙を貸したのは淵江らしい」「卑怯だよね」「真面目に勉強している人たちに失礼だよね」彼女らの間で物議をかもした。その話に同調した生徒の中に、私と一緒にお弁当を食べていた友人たちも加わった。
 
私は皆に避けられるようになった。
テストを貸した子と話すのも、こちらをチラチラ見ながら嫌な雰囲気でヒソヒソ話をされてしまうから、きまりが悪くなって出来なくなってしまった。直接的な暴力ではなかったが、不特定多数の同級生だけでなく、ずっと一緒にいた友人たちにも避けられて、誰と話したらよいかもわからなくて、精神的に私は追い詰められた。
 
カンニングを助けるつもりはなかったけれど、理由も聞かずに問題用紙を貸してしまったのは私の落ち度だと思い、自分のことを「バカな人間」だと思って責めた。それと同時に、他の子はともかくも3年も仲良くしていたのに、理由も聞かずに私を避けた友人たちを「薄情な人間」だと思った。
 
そして先生を「仕事に、生徒に不誠実な人間」だと思った。
本来ならば本試験で欠席者が出て追試験を実施する場合、生徒の不正を避けるために、教員は本試験とは全く異なる試験を新たに作らなければならないからだ。先生はそれを怠った。あのとき、先生がきちんと追試験を作成していれば、あの事件は起こらなかったのだ。
 
思慮が行き届かないバカな私に、いつ私を見限るのかわからない薄情な友人と不誠実な先生に囲まれた日々。「もう誰も信用できないし、世の中はクソ」思春期丸出しの厭世的思想に囚われた私のその後の高校生活は最悪だった。
 
でも。
 
10年後、私は教員になった。
そして”先生”の立場になって気づいたことがある。
 
“先生”は非常に忙しい。
クラス運営に日々の授業。生徒指導や保護者対応に部活の顧問の仕事まである。試験作成は生徒の学習成果を測る重要な仕事ではあるが、採点業務にかかる時間まで見越して作成する。つまりは、採点が大変になる長文記述問題の作成は避けがちになるということだ。記号問題や語句を書かせる問題は採点が楽だ。マルを付けるかバツをつけるか。漢字が間違っていたら減点すれば良い。ただ、記述となるとそうはいかない。必要なことが全て書かれているか、論理構造がおかしくはないか、客観性・公平性を常に担保して採点しなければ、と多くのことに気を配って時間をかけないといけないのだ。
 
思い返してみると、あの先生が出題するテストは全て長文の記述問題だった。
 
私たちが試験中に手を止めることなく書き続けなければ、時間内に終わらないほどのものだった。解くのも大変だった。でもあれは採点が大変だっただろう。あの先生はわざわざ自身の仕事に大きな負担のかかる、そういう試験を作っていた。私たちの学力向上のために。そのおかげもあって、私たち生徒のほとんどが塾にも行かずに大学受験を突破していた。先生は休日返上で授業力向上のための研修へよく参加していたし、そもそも先生の授業はすごく面白かったのだ。
 
そう、あの先生は熱心な教育者だった。
ただ一度だけ「追試験に本試験の問題をそのまま使用」してしまった。その出来事が私に大きな影響を及ぼし、私の中で大きくクローズアップされてしまった。そして先生は「仕事に、生徒に不誠実な人間」だと私の中で断定された。
 
先生は「本試験の問題をそのまま追試験で出題」したけれど「生徒の学力向上のために採点が大変な試験問題を作成して実施」してくれた。「面談では親身になってくれた」し、「研修に参加して授業力を研磨」していた。きっとプライベートでは「良い親」である一面や、「良い友人」である一面もあるのだろう。
 
「追試験に本試験の問題を使用」
これはあの先生の人生の中の行為の一つであって、先生そのものではない。先生のすべてではない。先生が生まれてから、今までしてきた行為のすべて、担ってきた役割すべて、また多くのもの、その一つ一つが集まってできるぼんやりとした全体像、それが先生なのだ。
 
人間は「◯◯な人間」と簡単にカテゴライズできるものではない。
 
私だって、当時の友人たちだって、「バカな人間」だとか「薄情な人間」だとか簡単に言い切れるものではないのだ。人間は正体不明のものを認識しやすいように単純にカテゴライズしがちであるけれど、それは真の理解を遠ざける。
 
人間は点描画のようだ。
点描画は暗い色の点も明るい色の点も集まって全体で一つの絵になる。暗い色一つをクローズアップして見れば、それは醜くて敬遠したいものかもしれない。明るい色一つをクローズアップして見れば、綺麗ではあるが単調で面白みに欠ける。でもそれらが集まることで、見る人によって、角度によって、多種多彩に魅せる、奥の深い愛すべき一つの全体像が生まれるのだ。
 
 
 
 
***

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2022-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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