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意外な餞(はなむけ)


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:森本裕子(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
パチパチパチパチパチパチパチパチ……
 
学校の大ホールにあるステージで、拍手と照明を浴びている私は、トランペットを片手に持って立ち上がり、客席におじぎをした。中々鳴り止まない熱のこもった拍手の音を聞きながら、私は達成感を感じていた。
 
高校2年生の春、部活を引退する時の演奏会で、最後の曲の演奏が終わった時の事である。
 
私が所属していた中高一貫校のオーケストラ部は、全部で100名弱のメンバーがいた。その中で私はトランペットを担当していた。
 
部活の最高学年である高校2年生の演奏会の曲目は、同学年のメンバーで決めた。メインはクラシックの名曲、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。4つの楽章で構成されていて全て演奏すると40分以上かかる壮大な曲である。
 
「新世界より」はプロのオーケストラが演奏する曲目で、中高生が演奏するには難易度がかなり高いのは分かっていたが、仲間と相談して、これを私達の最後のチャレンジにする事を決めた。
 
約半年間練習を積み重ね、いざ本番の日を迎えた。みんなで演奏するのも今日が最後……というセンチメンタルな気持ちは微塵もなく、これから大きなチャレンジをするんだという武者震いがすごかったのを覚えている。演奏前に周りの仲間をチラッと見ると、気合の入った高揚感溢れる表情をしている。きっと私もそうだ。
 
顧問の先生が指揮台に立ち、指揮棒をゆっくりと振り上げた。……そして私達の本気の40分は、あっと言う間に過ぎ去った。
 
冒頭に書いた、客席からの中々鳴り止まない拍手の熱量を感じながら私は、「出し切った!!」心からそう思える演奏ができた事に満足していた。いつもはクールな同級生も、目を潤ませ頬が紅潮していた。
 
こうして、私の部活人生は達成感と共に幕を閉じた……はずだった。
 
部活を卒業して一か月位経ったある日、顧問の先生から一通の手紙が送られてきた。どうやら引退した同級生全員あてに書かれた手紙で、一人ずつに郵送してくれたようだ。
 
5年間の部活の中で、顧問の先生から手紙をもらったのは初めてだったので、「一体どうしたんだろう?」と思いながら封を開けて読んでみると、まずは長い間一緒に演奏できて楽しかった事、下の学生を引っ張ってくれた事への感謝が書いてあった。
 
そして、あの最後の演奏会の後、ある人が先生に声をかけてきた話が書いてあった。
 
ある人とは、いつも学校の校門で私達の登下校を静かに見守ってくれている警備のおじさんだった。私達が演奏したドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を聴いて、ものすごく感動した事をどうしても伝えたい! と声をかけてくれたというのだ。
 
警備のおじさんは、演奏会が行われた3月の末日で定年を迎える事が決まっていたそうで、演奏会の日は同僚に警備を代わってもらい、奥様と一緒に演奏を聴いてくれたそうだ。
 
そして私達の一生懸命な気持ちが伝わる演奏を聴いている内に、思わず涙をこぼしてしまい、隣を見ると奥様も泣いていたそうで、「こんな素晴らしい演奏を聴いて定年を迎える事ができて、これ以上ない餞(はなむけ)になりました。どうもありがとう!」
 
という事を顧問の先生に話し、部活の生徒さんにお礼を伝えてほしい、と言われたと綴られていた。
 
さらに顧問の先生からは、
「君たちは人の心を動かす、すごい演奏をしたんだよ。プロでも中々こんな事は起きない。これからもあの日の演奏した気持ちを覚えておいてね!」
 
というメッセージが添えられていて、手紙を読んだ高校生の私は、驚きと嬉しさが入り混じった気持ちになった。
 
部活は誰かのためではなく、自分のためにやっていた。練習すればするだけ上手くなるし、一緒に演奏する仲間といい演奏がしたい! という気持ちで練習に励んで、何度も何度も音を合わせて仕上げていく。本番は心を一つに息を合わせて一番良い音を出す。全ては自分次第。
 
そうやって自分のためにやっていた事が、知らず知らずの内に、人の心を動かしていたのだ。
警備のおじさんが涙を流して感動してくれて、定年退職の餞(はなむけ)の演奏になっていたなんて、演奏会の日の私はもちろん知る由もなく、実は、人の心が大きく動く瞬間は、目に見えないし気づかない、意外な所で起きている事の方が多いのかもしれない。
 
今は、多くの人の話題になり素早く目に見える反応が、価値とされる時代だが、人の反応を気にしすぎるより、もう少し自分のためにがむしゃらになっても良いのかもしれない。
 
いいね、の数とはまた違う、がむしゃらに動いた結果、後から誰かに教えてもらって初めて気づくような、人の心が大きく動いた瞬間を大切にしたいなと、顧問からの一通の手紙を思い出して、時々自分に問いかけている。
 
 
 
 
***

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