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メディアグランプリ

キスが苦いのは、タバコのせいだけじゃなかったかもしれない。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松下広美(ライティング・ゼミNEO)
 
 
このままじっと見ていたいな。
そんなふうに思った自分に、少し驚いた。
 
日が沈んで、1時間くらい。
夜のはじまり、という言葉が似合う夜だった。
 
納屋橋でのフォト散歩の後、店舗に戻るところだった。
戻ったら、あれやってこれやって、と、何時に帰れるかなと考えながらも、こんな場所にこの店が……と飲み屋チェックも入れながら自転車を走らせる。
伏見を過ぎ、錦の繁華街を通っていたときだった。
 
繁華街でも少し人気のないところで、男女が2人。
誰が見てもカップルだとわかる距離感で立っている。
店の明かりに照らされている2人をよく見てみると、キスをしていた。
 
少しだけ自転車のスピードを落としながら走る。
半開きの口と口が動いている様子にロックオンしてしまった。
車道を挟んで反対側を走っているのに、そこだけが拡大されているかのように目に入ってきていた。
 
真横に並び、少し振り向かないと見えない位置にくるまで、じっと見ていた。
 
そのまま止まって、じっと見ていたい……。
 
今まで、多くはないけれど、何度かリアルキスシーンは見たことがあった。でも、そんなふうに思ったのは、はじめてだった。
今までは、すっと目をそらしてしまうとか、2人だけの世界に入っちゃって! とちょっとイラッとしたりとか、そんな反応をしていたと思う。
 
なんでだろう、と思いながら、街の中で、あんなに人の目も気にしないようなキスをしたことがあったかと、記憶の糸をたぐりよせる。
 
ああ、私にもあったな、と思い出したのは、私が浮気相手になったときのことだった。
 
もう、15年くらい前のことだろうか。
初めて会ったのは、飲み会の席だった。
 
合コンと呼ばれる飲み会では、いつも出会いを期待をしながらも、期待はずれに終わることが多かった。
だいたい、見た目がかわいい子に人気は殺到する。私は太っていてスタイルもよくないし、顔も良く言って中の下くらい。最後には隅っこの方で飲みに走る、という結末になる。
その日も、そんな空気が出ていた。
 
「めっちゃ飲むねー」
そう言いながら隣りに座ったのは、ジュンさんだった。
「いつもどおりですよ」
答えながら、ビールのジョッキに口をつける。
「次も生でいい?」
私の返事を待たずに、「生、2つね」と注文する。
 
仕事帰りなのか、スーツ姿だった。
くだらない話はめちゃくちゃ盛り上がった。
ただ、こちらからの質問には、深く答えてくれなかった。
「仕事は何してるんですか?」
「んー、商社かな」
「どんなことしてるんですか?」
「営業だよ」
あまり自分のことを話そうとしないのは感じていた。でも、その場が楽しければ、それでよかった。
そこで止まっておけばよかったのに。
 
ビールにも飽きて、次のお酒に進んだけれど、飲むペースは落ちなかった。
お酒が増えるとともに自然とボディータッチも増えてきて、気づいたらテーブルの下で手が触れ合ったままになっていた。
手がきゅっと動くたびに目を合わせ、私からもきゅっと動かす。
 
そろそろ帰ろうか、となったら、ジュンさんはすぐに外に出ていった。
追いかけるように外に出ていくと、タバコを吸っている。
そういえば、飲んでいる場では吸ってない。
誰も吸う人がいなかったから、吸えなかったのかと思うと、ちょっと大人ないい人に見えてしまった。
「また、飲みましょうね」
私がそう言うと、「そうだね」と言って顔を近づけてくる。
自然と目を閉じ、唇を合わせる。
みんなが出てこないかドキドキしながらも、離れられない。
酔っていたふわふわ感と、タバコのせいで、キスは苦かった。
 
連絡先は交換したけれど、こちらからの連絡に3回に1回くらいしか返ってこない。
私も頻繁に連絡するほうじゃなかったし、仕事が忙しいのだと思っていた。
商社は、忙しいというイメージだったし。
 
それから数回、飲み会で顔を合わせた。
会うと「久しぶりー」と言って、同じペースで飲む。
会うたびに、触れ合うことも多くなる。
 
ときには、居酒屋のトイレの前で唇を合わせることもあったし、それ以上に触れ合うことも、あった。
 
そして、ある日。
「これから栄に来れる? 飲んでんだけど」
もう、夜も遅くて、日付も変わりそうな時間に家でくつろいでいるところに、ジュンさんから連絡が入る。
向こうから連絡をしてくることもなかったし、誘われることもなかったので二つ返事で「行く!」と答えた。向かう電車が終電なのはわかっていたけれど。
 
ちょっと浮ついた気分で待ち合わせ場所へ向かい、
「どこで飲みます?」
と聞くと、ジュンさんは
「ホテルで飲もうか」
と、言う。
え、普通にお店で飲むんじゃないのか。がっかりする気持ちを引きずりながら、コンビニへ行く。
好きになりかけている男に呼び出されて、さっきまで舞い上がっていた。
なのに、急に水をかけられたかのように冷静になっている自分がいた。
適当に缶ビールやチューハイをカゴの中に入れていくジュンさんを見ながら、「まあ、そうなるよな」と諦めたような気持ちになっていた。
舞い上がった気持ちはどこかへ忘れてきて、上から見ているような感覚になっていた。
 
その夜以降、連絡をすることはなかったし、向こうからも連絡はこなかった。
 
1ヶ月くらい経って、ジュンさんの飲み友達と飲み会で顔を合わせた。
「そうそう、ジュンさん結婚したんだよ」
 
若いカップルの熱いキスシーンを見て、自分が浮気相手になったときのことを思い出してしまった。
じっと見つめたくなったのも、あの2人がどんな関係なのか気になったからだろうか。
ちゃんと幸せになっていく2人なのか、それともどちらかが浮気だったりするのだろうか。
赤の他人でどうでもいいことなのに、気になってしまうのは歳をとったせいかもしれない。
 
ジュンさんは、他でもやってたんだろうな。
タバコの後のキスの苦さが、よみがえった気がした。
 
 
 
 
***

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2022-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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