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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大室 岳(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
※この記事はフィクションです。
 
空を見上げると巨大な飛行船があった。文字通り空を覆っている。東京23区分くらいあるんじゃなかろうかという巨大な人工物が空を覆っている。飛行船はひと月まえのお昼に突然やってきた。
私はちょうどバイト先のカフェでレジを打っていた。無理に顔に笑顔を貼り付けて長ったらしい名前のドリンクの名前を言っていたら、外が暗くなった。雨でも降るのかと思った。お客さんたちも外が気になるようだった。
するとたくさんの人が道路に出てきはじめた。カフェのお客さんも外が気になって外に出ていった。そしてポカンとした顔をして空を眺めている。
「なんか空に浮いてんだって」
「え、やばくない。宇宙人かな」
「でもマジで宇宙人来たのかも。でっかいUFOだよ、やばいよ」
そんな会話が聞こえてくる。すると突然、脳内に直接声が響き出した。
 
「はじめまして。私はこの星でいうところの宇宙人というものです。今、直接あなたの脳内に話しかけています。この声が聞こえている人は選ばれた人類です。おめでとう。私は地球の人口を減らして、地球を人が住みやすい、平和な世界にしようと思います。そして私もこの星に移住し、あなたたちと共に生きたいと願っています。」
 
突然、声が途切れた。声が流れていたあいだ、時間が止まっていたかのように、目の前の景色が再び動きはじめた。
 
私はあの日聞いたことを誰にも話さなかった。バイト帰り、空を見上げると大きな飛行船が浮かんでいた。家に帰るとニュースは巨大な飛行船で持ちきりだった。お母さんと弟のたかしがテレビにかじりついていた。
 
「ねえ、お姉ちゃん、外の飛行船見た! やばいよ宇宙人だよ。地球征服されるのかな」
「馬鹿なこと言わないで。あんた早く寝な」
「でも明日、地球が終わるかもしれないんだよ」
「それでも明日は学校があるんだよ」
 
私はリビングのドアを大きな音を立てて閉めた。たかしはそれ以上何も言わなかった。あれからひと月、私はあの日頭のなかで聞いたことを誰にも言わなかった。もし私が聞いた声が本当なら他にも選ばれた人がいるはずで、誰もそのことを言ってないなら、私も言わない方がいいんだと思った。飛行船はずっとそのままでひと月が過ぎた。
誰もが空に飛行船が浮かんでいることに違和感を感じなくなり、それぞれの日常を送るようになった。飛行船はあるべきものとして認識されている。
飛行船が東京にやってきてひと月経った夜、私はお風呂に入っていて気づいた。自分の右の二の腕の肩のあたりに植物の蔦を思わせるような、濃いあざができている。そしてあざは日に日に濃くはっきりとなっていった。
あざのことはあまり気にしていなかった。それより明日は大切な面接がある。この面接を通過すれば、私はオーストラリア留学を全額、学校から援助してもらえる。
面接の日、大学に向かう途中、カフェに寄った。バイト先のカフェではなく駅のすぐそばにあるチェーンのカフェに入った。まだ9時前なのにビジネススーツを着た人やキャリーバックを持った観光客で席はほとんど埋まっていた。
窓際のカウンターで紅茶を飲みながら、ノートを開いた。ノートには面接で聞かれるかもしれないことを詳しく書き出していた。ノートを見ながら頭のなかで面接のリハーサルをしていると、隣にノースリーブのシャツを着た20代後半くらいの女の人が座った。ホットパンツを履いて綺麗な足を自信満々に見せている。彼女の腕には私のとほとんど同じ形のあざがあった。
「あの、もしかして声を聞きませんでしたか。あの日、頭の中で。私たちが選ばれたっていう」私は彼女に問いかけた。彼女はこちらを見なかった。
「私の腕にもあるんです。同じあざが。同じ模様なんです。だからもしかしたらって」
「ここでその話はやめよう」
私たちは飲み物を持ってそのまま外に出た。顔を上げるといつと同じように飛行船が空を覆っていた。
 
「人口が減ったら世界は平和になるのかもって昔、好きだったショートショートで読んだな」隣の彼女が前を向いたまま言った。
「それはそうかもしれませんけど。私は今までの日常がずっと続けばって思ってて。誰も私以外にあの声のことを知っていそうな人はいないし怖くて」
「知ってる? あの飛行船が現れてから少しずつ人が消えてるんだよ。ニュースにはなっていない。ならないんだ。昨日私の恋人だって消えた。突然、消えたんだ。そしてそれを私以外覚えている人がいない」
私は息を呑んだ。
「あなた以外にも同じあざを持つって人に声をかけられたよ。その人たちも言ってた。まわりの人が消えてるって。自分以外、誰も気づかないんだって」
私は今、世界で起きていることを知った。もしかしたら私たちの頭がおかしいのかもしれない。私たちは一応、連絡先を交換して、別れた。そして私は面接を受けに行った。
玄関のドアを開けたら、私の大好きな肉じゃがの匂いがした。玄関に弟の靴はなかった。リビングに入って、お母さんに聞いてみた。
「ねえ、お母さん。たかしはまだ帰ってないのかな?」
「ん、たかしって誰だっけ? あなたの友達かしら」
私は彼女の言葉を思い出していた。そうか、私以外誰も知らないのだ。たかしがいたことを。
 
 
 
 
***
 
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2022-07-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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