夏野菜の涙。おチビの涙。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:欅あかね(ライティング・ゼミ6月コース)
「ピーマン、食べられないよう」
おチビだった私は、保育園のお遊戯場のすみっこで泣きながらお弁当を食べていた。
当時は食べ終わるまで遊べなかったら、友達みんなが遊んでいるのに、一人でとても恥ずかしかった。
いまだに、毎年、夏になると、決まって思い出す光景だ。
丸いタッパーに、白いご飯を顔に見立て、ナポリタンは髪の毛、グリーンピースはおめめ、口は梅干しで、元祖キャラ弁のようなお弁当を母は持たせてくれた。
だけど、その日は、決まってアレが入っている。リボンに見立てた、にっくきピーマン星人だ。
ちびっこたちの嫌いな野菜トップ10に絶対入っている、ピーマン。
あの苦いのが、泣きそうにダメだった。
あまりのグズグズさに、保育園の先生も見かねたのか、母に連絡をしてきたのだろう。
「ピーマン、食べなさい!」
と強く叱られることはなかったが、相当頭を悩ませていたらしい。
春先になって、突然、母は庭に畑を作り出した。
当時住んでいたところは、ちょっとした高台にあり、家の裏手は、木が生い茂って、夜にはふくろうの声が聞こえてきそうな、広い庭の家だった。その一部分に畑を耕し、ホームセンターで買ってきた小さな緑の葉っぱたちを何種類か植えていた。
何にもお手伝いできることがないから、ただ、そばで座って見ていた。
「あかねは、水やり当番だよ。じょうろを持っておいで」
「はーい」
はじめてのお手伝いにわくわくしながら、じょうろで水やりの方法を教わった。
「よいしょ、よいしょ」
小さな私には、じょうろでの水やりは大仕事だった。
2列ぐらいの畝だったろうか。
何度も水道口と畑を往復しながら、何かわからない小さな緑の葉っぱたちに、せっせと毎日水やりをした。
水やりのたびに、
「葉っぱが大きくなった!」
「伸びてきたよ」
「黄色いお花が咲いているよ!」
と、小さな発見を母に報告するのも、毎日の日課となっていった。
時には、別のお客さんも畑にやってきた。
「ゲジゲジがいたーーーーーー」
と大騒ぎして、庭を走り回る日もあった。
毎日の発見が楽しくなってきたころ、見覚えのある、小さな実がところどころ成り始めた。
小さな緑の葉っぱたちは、野菜の苗だったのだ。
「これは、なす?」
「ちっちゃいけど、これはピーマン?」
「この葉っぱは、なあに?」
「にんじんだよ」
「この青い実はなあに?」
「トマトだよ」
「でも、赤くないよ?」
「これから、だんだん赤くなっていくんだよ」
母がいろいろ教えてくれる。
いつも食卓に登場する野菜たちが、こんな風に育っていくことを知らなかったから、いつになったら、真っ赤なトマトが食べられるのか、待ち遠しくなった。
ピーマン星人は相変わらずダメだったけど、毎日水やりをするうちに、かわいく思えてきた。
収穫できるようになると、採れたて野菜が食卓を彩る。
にんじんも得意じゃなかったけど、優しい甘い味にうっとりしたり、トマトもたくさん採れると、母がジューサーでトマトジュースを作ってくれた。
少し塩を加えた、そのできたてジュースのおいしさは格別だ。子どもながらにそう思ったものだった。
自分で育てたという愛着も出てきて、ピーマンちゃんも一口、ふた口と食べられるようになっていった。
葉っぱもピーマンの味がする、というのは貴重な体験だった。
おいしい野菜を嗅ぎつけたのか、時折、モグラも出没していたから、穴に向かって、
「モグラさん、おむすびあげるから、お野菜食べないでー」
と、昔話のおむすびころりんのねずみと混同しつつ、モグラに野菜を取らないよう懇願することもあった。
湿度が高い地方に住んでいたから、天候条件によって、たまに見られる現象があった。
野菜に水滴がびっしりつくことだ。でも、おチビはそんなことは知らない。
「お野菜さん、泣いてるよ。何か、悲しいことがあったの?」
とお人形さんをなでるように、声をかけることもあった。
母は笑いながら、水滴がついているだけだよ、と教えてくれた。
苦手な野菜も平気になってきたころ、事件は起きた。
そのとき、水やり当番のほか、収穫も少し手伝うようになっていた。
「トマト、採ってきて」
台所にいる母から、声をかけられた。
「はーい!」
赤くなったトマトは、あまりなかったような気がしたけれど、母が言うんだから、目星はついていたのだろう。すぐに、畑へ行ってみた。
あんまり赤くないけど、これかな?
そう思って、力いっぱい、もいだ。
台所に戻るのが面倒だったから、いつもの花鋏を使わず、手でもいだ。
ボタボタボタッ。
無理やりもいだものだから、青い実が軒並み、地面に落ちてしまった。
「どうしよう……」
まぎれもなく、横着した私の失敗だ。
もげた青いトマトを枝にくっつけようとしたが、決して元通りにはならなかった。
「お母さんに叱られちゃう。どうしよう」
茎を囲むように、根元に置いておけば、赤くなるかと思い、並べて家に戻った。
「お母さん、1個だけだったよ」
しょんぼりしながら、涙目の私に、異変を感じ取ったのだろう。
コンロの火を止めて、母は即座に外へ出て行った。
しばらくすると、青い実を手にした母が戻ってきた。
「どうしたの?」
母に説明したが、涙があふれてきて、声にならなかった。
「トマトさん、ごめんなさい」
と言うのが精いっぱいだった。
母は、叱りはしなかったが、次から花鋏を使うように、と諭すように言った。
あの時のトマトはそのあと、いったいどうなったんだろう。
そう思いながら、今日も台所に立つ。
夕食の献立は、ピーマンの和え物だ。
細切りにしたピーマンをさっと湯がいて、お好みのドレッシングで和えれば、簡単ながらも立派な一品だ。いつからか、にっくきピーマン星人はピーマンちゃんになって、今では大好きな野菜の一つになっている。
母の戦略にすっかりやられたな、と思いながらも、食べ物の好き嫌いなく、育ててもらったことに、とても感謝している。
「いただきます」
今日も、おいしいご飯の時間が始まった。
***
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